1.はじめに〜汚いおりもの、生理と違う陰部からの出血、お腹の痛みに気づいたら〜
こんにちは、感染症内科の織田錬太郎です。前回は梅毒のお話をさせていただきました。「梅毒?いやいや、そんな記事まだ見てないんだけど・・・」という方は、ぜひ下記の記事をご一読下さい。
その症状、もしや梅毒!?〜手の平、足裏のブツブツ、陰部のデキモノを見てしまったら〜
さて、今回も性感染症シリーズ(勝手に)ということで、PIDという女性特有の病気を紹介します。
PIDはPelvic Inflammatory Diseasesの略で、日本語では骨盤内炎症性疾患と訳されていることが多いですが、名前を聞いたことがない人がほとんどだと思います。「PID?骨盤内炎症性疾患?」「骨盤に炎症がある病気?」「しかも性感染症?」(注:性感染症が原因ではないPIDもありますが、今回は性感染症としてのPIDを扱います) と言われても、どんな病気かイメージできる人はほとんどいないのではないでしょうか・・・。なんとなくお腹が痛そうな感じはしますが。
このPID、非常に重要な病気なのです!さて、何が重要なのでしょうか?
PIDは性感染症なので、性行為がある女性全てに罹患するリスクがあります。そして診断や治療が遅れると、不妊や子宮外妊娠などのリスクが高くなる病気だということです。また、慢性的に骨盤痛が残ることもあります。さらに、梅毒もそうでしたが、PIDも何度もかかる可能性があります。そして、1回目より2回目、2回目より3回目・・・と病気を繰り返すたびに妊娠率が低下するという報告があります。
これらを聞いてどう思いますか?妊娠可能な女性が、妊娠に影響することや慢性的な痛みを抱えるかもしれないことは、病気として非常にインパクトのあることだと思います。ですので、早期に正確に診断して、スムーズに治療に結びつけたいところです。
しかし!PIDは診断が難しく、診断の遅れがしばしば起こります。なぜかというと、
・典型的な症状が揃わず、無症状のこともある。
・「腹痛」を起こす病気は他にもあるため、他の病気と間違えられる。
・産婦人科の協力が必要となり、自施設で受診ができない病院もある。
・そもそも病気のことを正しく理解している人が多くない。(患者さんも、我々医療者も)
などの要素が複合的にPIDの診断を難しくしているのだと思います。しかし、「PIDは診断が難しいから、診断が遅れてもしょうがないよね!」で済ませちゃダメな病気、ということはもう皆さんご理解頂けたかと思います。そこで、今回はPIDを正しく理解し、少しでも早期診断・治療につながるきっかけになるようにお話をしていこうと思います。
それではさっそく、PIDについて知識を深めてみましょう。
2.PIDはからだのどの場所が悪くなるの?
感染症を理解するには、感染のターゲットとなる臓器の解剖を知っておくことが非常に重要です。PIDで感染のターゲットとなる臓器は主に子宮、卵管・卵巣などの女性生殖器です。なので、女性生殖器の解剖を知っておくことが、PIDを理解する近道です。では、女性生殖器の解剖を見てみましょう。
これが女性生殖器の大まかな解剖です。PIDは「骨盤内炎症性疾患」です。でも、正直「骨盤内炎症性疾患」という言葉と解剖の図を交互に見ても、具体的に感染を起こす場所がどこなのか、よくわかりません。ここがまず、理解を妨げる一つの原因になっているのです。そこで、青い点線を引いてみました。これは何のラインでしょうか?
・ラインより下:膣、子宮頸部 → 下部生殖管(Lower reproductive tract)
・ラインより上:子宮体部、子宮内膜、卵管、卵巣など→上部生殖管(Upper reproductive tract)
と言います。PIDはどこの部位の感染症かというと、勘のいい人はもう気づいたかもしれませんが、この青いラインより上が全てPIDなのです!ラインより下はPIDではありません。つまり、もう少し具体的にいうと、PIDとは上部生殖管(子宮内膜、卵管、卵巣)感染症±骨盤腹膜炎と考えるとわかりやすいです。でも、ちょっと難しい言葉が並んだので、理解が難しいかもしれません。もう少し詳しく、感染を起こす流れに沿って見ていきましょう。皆さん、菌になった気分で想像しながら読んでください。
① 菌が膣、子宮頸部に侵入
菌が性交渉などをきっかけに外から膣に侵入、子宮頸部に到達すると子宮頸管炎(cervicitis)を起こします。ちなみに、この部位での感染症は、PIDとは呼びません。子宮頸管炎≠PIDです。実際どのような症状が出るのでしょうか。(注:以下のCaseは全て架空の症例です。)
「1週間くらい前からおりものが増えてきて、生理じゃないのに出血がちょっとあるんです。変な病気だと怖いので、婦人科に来ました。」
このように、子宮頸管炎の主な症状は、「帯下(おりもの)の増加」と「不正性器出血」です。子宮頸管粘膜の炎症により分泌物が増え、出血しやすくなるというわけです。「性交時の痛み」がでる人もいます。これらの症状からわかるように、この時点で内科を受診することは稀で、ほとんど婦人科受診をすると思います。なお、無症状のこともありますが、症状が無いと診断はできませんね・・・。この後、子宮頸部より先に菌が侵入し、感染が起きるとPIDになります。
② 子宮頸部を越えて、子宮内に侵入
菌がとうとう禁断の青いラインを越えてしまい、PIDが成立します。子宮内に菌が到達し、子宮内膜に感染を起こします。これを子宮内膜炎(endometritis)と言います。
2週間くらい前からおりものが増えてきて、たまに変な時期に出血がありました。良くなるかなと思って様子を見てたんですけど、なんだか下腹部が重い感じがしてきて・・・生理痛とは違うんです。37度ちょっとの微熱もあって心配で来ました。
このように、先ほどの子宮頸管炎の症状である「帯下の増加」「不正性器出血」に加えて、子宮内にも炎症が起こるため、「下腹部痛」がみられるようになります。また、「発熱」が出る場合もあります。次は子宮を通過して卵管に侵入します。
③ 子宮から連続して卵管へ
卵管に侵入すると、卵管炎(salpingitis)を起こします。卵巣まで到達すると卵巣炎(Ovaritis)を起こし、この2つを合わせて子宮付属器炎と呼ぶこともあります。さらにひどい場合には膿がたまり、卵管-卵巣膿瘍(tubo-ovarian abscess)を作ることもあります。
1週間前から下腹部が痛くなってきて・・・どっちかというと右側の方が痛いです。昨日は37.8度の熱もありました。盲腸(虫垂炎)ですかね?
このように、子宮付属器炎の症状では「発熱」「下腹部痛」が比較的前面に出てきます。帯下も「汚い帯下」になる可能性があります。卵管・卵巣は左右に存在するので、その片側に感染を起こすと、このcaseのように痛みに左右差がある場合があり、子宮付属器の異常の可能性を疑うきっかけになります。(もちろん、両側に感染する場合もあり、痛みの左右差がない場合もあります。)
1週間前から下腹部が痛くなってきて・・・今はどちらかというと、右側の方が痛いです。昨日は37.8度の熱もありました。盲腸(虫垂炎)ですかね?
(医師:発熱と腹痛以外に症状はありますか?)
あ、言われてみたら3週間くらい前からおりものが増えてきて、だんだん変な色になってきてます。産婦人科には忙しくて行けてないです・・・。
(医師:リスクのある性交渉とかはどうでしょうか?)
言われてみると、1ヶ月くらい前にパートナーとコンドームなしの性交渉がありましたね・・・。
腹痛が症状のメインになってくると、症状としてあっても、帯下や性器出血などの症状は後回しになるので(お腹が痛いのが心配だし、なんとかしてほしいので)、しっかりと医師にこの症状を伝えることが大事です。その症状の有無で医師が考える病気は変わります。(全ての医師がこのcaseのようにちゃんと他の症状まで聞いてくれるとは限りませんし・・・) 卵管に炎症が起こると癒着が起きます。癒着した場所は卵管が狭くなったり、閉塞したりしてしまうので、結果として不妊や子宮外妊娠となってしまう場合があるのです。長旅を経て、菌はとうとう女性生殖器を通過し、お腹の中へ侵入します。
④ 卵管を過ぎると、そこはお腹の中
卵管の先は、実はお腹の中に繋がっています。お腹の中は腹膜という膜に包まれているので、菌が侵入すると、骨盤腹膜炎(pelvic peritonitis)を起こします。
10日前くらいから下腹部に違和感が出てきて、だんだん痛みが強くなってきたんです。3日前に近くのクリニックで整腸剤と痛み止めを出してもらったんですけど、あんまり良くならなくて・・・今日は熱と吐き気もあって、歩くとお腹に響いて痛くて歩けないんです。それで救急車を呼びました。
骨盤腹膜炎では“腹膜炎”なので「発熱」や「強い腹痛」がメインです。腹痛は歩いたりするとお腹に響くこともあります。こうなってくるとますます婦人科を受診するよりも内科外来や救急外来を受診するケースが多くなるのがわかると思います。また、発熱と腹痛を起こす病気は多くあるので、見逃す確率も増えてくるわけです。そして、なんとさらに奥に菌が侵入していくと、肝臓の表面に菌が到達することもあります。これが、肝周囲炎(Fitz-Hugh-Curtis症候群とも呼ばれる)です。
CT画像:(黄色矢印:肝臓の表面が造影されて白く見えている)
1ヶ月前からおりものが多くなり、近くの婦人科に行ったが様子を見ましょうと言われた。10日前から下腹部に違和感が出てきて、だんだん痛みが強くなった。今度は近くのクリニックの内科を受診したが、原因は良くわからないと言われ、鎮痛薬で様子を見ていた。5日前から38度くらいの熱が出るようになり、2日前からみぞおちの右あたりに違和感が出てきて、痛みに変わってきた。熱と痛みの原因がわからなくて不安で来ました。
肝臓は女性生殖器よりもだいぶ上にあるので、骨盤腹膜炎の症状に加えて、「右上腹部痛(季肋部痛)」が出ることがあります。同じような部位に痛みが出る病気には胆石症、胆嚢炎、胆管炎、肝膿瘍などがあり、さらに診断を惑わせます。
いかがでしたでしょうか?「菌」が膣から侵入し、肝臓に至るまで、何となくイメージがつかめたでしょうか?菌がそれぞれの場所に感染することで、症状が変わっていくことも理解できたでしょうか?
次に、この悪さをする「菌」についてお話をしていこうと思います。
3.PIDはどんな菌が悪さをしているの?
何と言っても2大巨頭は淋菌、クラミジア(Chlamydia trachomatis)です。淋菌、クラミジアはご存知の通り、性感染症です。なので、性行為で感染します。さらに、淋菌とクラミジアは仲良しで、共感染を起こしていることもしばしばあります。その他にも嫌気性菌、Gardnerella vaginalis、Heamophilus influenzae、腸内細菌科細菌、B群溶連菌などの菌の関与がいわれています。そしてこれらの菌は単一または複数菌で感染を起こすと考えられています。「菌」とその「菌」が起こす感染症については理解できたでしょうか?
次は実際に現場でどのように診断するか、ということを話そうと思います。
4.PIDはどのように診断するの?
残念ながら、「これが出たらPIDだ!」という決定打となるような症状はありません。前述のようにPIDは発熱、下腹部痛、右上腹部痛(肝周囲炎)、帯下の増加・色の変化、性交時痛、不性出血などが症状として出る可能性があります。しかし、いつもこれらが全て揃うわけではなく、程度も軽いものから重いものまで様々です。さらに、無症状の人も多いとされています。診察では内診の所見で子宮頸部を動かした時の痛みや、子宮や子宮付属器を押した時の痛みがあれば、PID診断をサポートする所見となります。さらに、原因となる菌を探すための検査も膣や子宮頸管の分泌物を採取して行います。なので、基本的には婦人科での診察が必要になります。
しかし、先ほども少し触れましたが、女性がお腹が痛くなった時、いきなり婦人科には受診しません。内科外来や救急外来を受診することが多いと思います。つまり、内科医や救急医がPIDを疑い、婦人科診察に繋げないと、見逃されてしまう病気なのです。実際に、すでに何件もの病院やクリニックの内科外来を受診してから診断になるケースをよく経験します。それだけでなく、婦人科のクリニックを受診して原因不明とされて受診する症例もあるんです。
そこで、「女性の下腹部痛」からPIDを疑うことができるか?が大きな鍵になります。女性の下腹部痛には虫垂炎、腸炎、膀胱炎、子宮外妊娠、卵巣嚢腫捻転・・・など多くの疾患の可能性を同時に考える必要があります。このような状況で、医師は常にPIDの可能性を考慮し、月経や帯下の状況、性交渉歴、性行時痛や不正出血の有無などからリスクを評価する必要があります。逆にみなさんが気をつける点としては、下腹部痛が長引いたり、原因不明な場合にはPIDの可能性を考える必要があるということです。それに帯下の増加や不正出血などの症状があれば、さらに可能性が高くなります。なので、このような気になる症状があれば躊躇せずに医療スタッフに伝えることで診断に近づく可能性があるので、非常に重要です。
次は診断した後の、気になる治療の話をしていこうと思います。
5.PIDはどれくらい治療すれば治るの?
PIDは細菌感染症なので、菌を殺す抗菌薬を使用して治療します。この抗菌薬治療で重要なことは、初期治療は前述のPIDを起こしうる菌を全てカバーできる抗菌薬を選択することです。これは原因菌の検査には時間がかかるものが多く、複数の菌が原因となりうることや、PIDの治療が遅れてしまうと合併症や不妊のリスクを負うことになるからです。あと注意点は、PIDの治療は子宮頸管炎の治療とは異なります!ということです。淋菌やクラミジアの子宮頸管炎の治療は、点滴1回+内服1回です。つまり、治療は1日だけ、外来で治療です。
一方、PIDは点滴+内服を2週間行うことが理想的です。さらに、卵管膿瘍などの合併症がある場合には、手術が必要になる場合もあります。なので、個人的には基本的に入院治療をオススメしています。しかし、これは我々医者側の問題ですが、残念ながら現状として全ての医師がPIDを正しく理解しているわけではないのです。PIDなのに子宮頸管炎として治療されてしまったり、短期間の抗菌薬で治療が不十分に終わるケースも見られます。
そして、梅毒の中でもお話ししましたが、性感染症はパートナーも性感染症の検査・治療をする必要があります。これは全ての性感染症に共通していますので、覚えておきましょう。
6.さいごに
以上、簡単ですが不妊に関わる重要な性感染症として、PIDの病気と診断、治療法についてご説明しました。最後に、PIDを正しく理解するために重要なポイントをまとめます。
ポイント1)PIDはどんな感染症?
PIDは主に性行為をきっかけに起こる、子宮頸部より奥の感染症です。合併症として、卵管卵巣膿瘍や肝周囲炎なども起こします。
ポイント2)不妊や子宮外妊娠のリスクに!
PIDは診断が遅れたり、しっかり治療されないと不妊や子宮外妊娠のリスクとなります。慢性的なお腹の痛みが出ることがあります。
ポイント3)診断が難しいPID!疑うポイントは?
女性の下腹部痛+「帯下の増加」「不正性器出血」などの症状を伴う時や、原因不明の長引く下腹部痛はPIDかも?我慢せずに受診を。
ポイント4)どんな治療?入院でしっかり治療した方が安全
状況にもよりますが、入院で抗菌薬の点滴・内服で治療が安全です。治療期間は基本的に2週間です。パートナーも性感染症のチェックを。
「お腹が痛いな・・・そういえば帯下が多いし、出血も・・・もしかしたらPID??」と思ったら、しっかりPIDを診断、治療できる感染症内科医や産婦人科医にご相談してください!