*お写真の掲載はお母さまの了承を得ています。
はじめに
今回は、私たち産婦人科病棟の助産師・看護師が、出産後のお母さんと赤ちゃんのためにどのような想いをもってケアに取り組んでいるのか、また実際にどのようなケアを行っているのかを紹介します。
その前に、ちょっとした統計を紹介します。最新の日本の合計特殊出生数は1.36(2020年6月データ)です。つまり、一人の女性が一生に産む子供の数は1人もしくは多くて2人の代になっています。3人兄弟が珍しいと感じられる時代になってきています。
また、日本は晩婚化、それに伴う高齢出産や不妊治療数も年々増加しています。2019年現在で、5.5組に1組のカップルが不妊治療を受けていると言われ、2017年に体外受精で生まれた赤ちゃんは、約6%(16.7人に1人の割合)を占めました。つまり、1組のご夫婦から生まれる赤ちゃんの数は年々減少しており、夫婦が子育てする機会が減ってきています。子育て世代が高齢化してきている事、つまりサポートしてくれるはずの祖父母も高齢になってきています。
当センターは総合病院であり合併症のある方、高齢妊娠や若年妊娠、日本語が全く話せない方などさまざまな背景があるお母さんに出会います。妊娠中のケアから始まり、お産のための入院生活を経て自宅に戻り、その後地域の中で子育てができるよう、私たち助産師は赤ちゃんのお世話やお母さんの体や心のケア、授乳相談を行っています。
分娩時のケア
お産の方法は、経腟分娩と帝王切開があります。長い妊娠生活を送ると、お産をすることがゴールのように感じやすいのですが、長く続く子育てのスタートなのです。そのためお産に対してマイナスのイメージを持ったまま子育てが始まると、スムーズに行かないような印象があります。
例えば、いろいろな事情で帝王切開になってしまった場合、お母さんは『私ががんばれなかったせいで帝王切開になってしまった』と自分を責めてしまう場合があります。そうするとその気持ちをずっと引きずったまま育児のスタートとなってしまい、自分は頑張れない人間なんだと思ってしまい、育児がうまくいかない原因となることもあるのです。お産の方法は帝王切開術しか選択肢がない方もいれば、一人目は経腟分娩、二人目は帝王切開術でお産する方もいらっしゃいます。
どのような方法でも、お母さん自身そしてお父さんや家族の皆さんが『よく頑張れた。』、『やっと赤ちゃんに会えた!』という感動を味わって欲しいです。そのような前向きな気持ちで子育てをスタートさせること、そのことがお産の時の大事なケアだと思っています。お産の方法は手段にすぎません。どの方法であっても、お産をするのはお母さんですし、主役はお母さんなのです。
産後の育児指導
赤ちゃんが産まれて、お母さんとできるだけ早いタイミングで触れ合うことを早期接触といいます。お母さんの愛着形成を促進して、愛着行動を増し、満足感が得られやすく、生後1~4か月の母乳栄養率を向上させ、母乳栄養の期間を延長する効果が得られています。そのため、お産直後からお母さんと赤ちゃんは離れることなく一緒に過ごし、早期接触することが薦められています。
当センターでも、お母さんと赤ちゃんの健康状態を確認しながら、早期母児接触と母児同室を薦めています。なぜ母児同室をお勧めしているのか、それは一緒に過ごすことで赤ちゃんとの生活に慣れることができ、授乳することや抱っこ、おむつを替えるなどの赤ちゃんのお世話をするチャンスが増えます。赤ちゃんは昼も夜もなく自由に過ごします。特に夜起きている時間が長く、始めの頃は昼と夜が逆転しているような生活を過ごしていきます。それだけ、日中と夜中では様子が全く違います。そんな違いを体験できるのも母児同室のメリットなのです。
経腟分娩の場合、児の状態を観察し、お母さんの処置が終わり次第、母子接触を試みます。経腟分娩の場合は出産した後そのまま同室することもできます。帝王切開の場合は、術後は母体の自由がきかないことがほとんどですが、手術室から病室に戻り、助産師看護師がお手伝いすることで、早いタイミングで母子接触と直接授乳できるようにしています。経腟分娩でも帝王切開術でもできるタイミングに違いはありますが、行うことは一緒なのです。

もちろん初めて経験するときは「そんなすぐに同室で大丈夫!?」「赤ちゃんが泣いたらどうしよう・・・。」など思っている方も多いかもしれません。最初から自信満々に育児に取り組んでいる人はいません。みんな初心者です。そのために私たち助産師・看護師がいるのです。
二人目のお産後でも「2人目だから大丈夫よね?」「3人目だからできるでしょ?」これは禁句です。子育てには、慣れていることがたくさんあるかもしれません。けれども、赤ちゃんはひとりひとり違いますし、個性があります。上の子の時はこんなことなかったと思うこともあるかもしれません。子育て中は質問しにくい、ナースコールしにくい、と思わず、遠慮なくその時々で不安を解消して欲しいと思っています。母児同室でお話ししましたが、お母さんと赤ちゃんの体調が万全であることが大事です。お母さんが疲れた時は遠慮せず、体を休めることも大事な役割です。
その他にも、授乳指導(おっぱいのあげ方、ミルクの足し方など)、沐浴指導(見学と実施)、退院指導(退院後の生活について、赤ちゃんとお母さんの身体についてなど)の指導があります。病棟の助産師や看護師は退院後にできるだけお母さんたちが困らないよう、ひとりひとりに応じた細やかな指導ができるよう心がけています。
経腟分娩の場合はお産の日を含めて6日間(お産の日は0日目とカウントします。)帝王切開なら8日間病院で過ごし、退院します。いよいよお父さんの出番です。お父さんや家族の方は、ぜひお母さんにやさしい声掛けとちょっとした休憩時間を作ってあげてください。そんなちょっとしたことがお母さんの癒しと励みになります。
退院後のサポート体制
お産後約1か月間、お母さんは理由もなく不安に陥りやすくなります。特にお産後2~3日が最も不安を感じ、なんらかのサポートを必要としているというデータがあります。マタニティーブルーという言葉を聞いたことはありませんか?入院中経験する気持ちの変化はこのマタニティーブルーと言われています。
マタニティーブルーの延長にある産後うつは、日本で10%前後の母親がこの病気にかかると言われています。産後うつの原因は分かっておらず、お産後のホルモンの変動に関連したこころの病気です。決して自分の性格が原因で起こったりするものではなく、誰にでも起こりうる可能性があるのです。産後うつは産後1か月以内に起こることが一番多いと言われており、3か月くらいまでは注意が必要です。最近は産後うつを早期に発見するために、アンケート調査をおこなう自治体も増えてきています。
当センターでは退院後に1週間健診を行うことで、お母さんたちが一番不安に感じる時期をサポートしています。お家で過ごしてみて感じた不安を解消できるように、お母さんの心も健康なのかを助産師と一緒に確認していきます。
この一週間健診では、他にも赤ちゃんの体重測定や全身チェックもしていきます。先も書いたように、出産の高齢化が進み、両親が高齢、遠方などでサポートの受けられない方も増えてきています。そこで心強いのは行政のサポートです。地域のサービスを活用することも大切です。退院後初めて活用できるものに、新生児訪問があります。
当センターには『すくすく相談室』と言って産後の育児相談ができる外来があります。私たちが『すくすく相談室』を立ち上げた当初、なぜ“母乳外来”のようなネーミングにしなかったかと言うと、授乳することだけにフォーカスを当てず、育児をしているお母さんたちが困った時の飛び込めるような場所があったらいいな、と言う願いを込めて『母乳』だけに特化していないネーミングにしました。
すくすく相談室で受け付ける相談はさまざまです。もちろん母乳育児に関連することが多いです。その他には育児の相談、離乳食のこと、赤ちゃんの体重のこと、断乳相談、上の子との関わり、ただただ不安を聞いてほしい・・・など。お話だけして、おっぱいを見ることなく終わることもまれにあります。そんな場所があってもいいかなと思っています。
産科の病棟には子育て経験のある助産師も多く、実際にまだ授乳しながら働いている助産師もいます。そして母乳に関して勉強し、資格を有する助産師もいます。継続的に外来受診を必要とする場合は、担当している助産師同士情報共有し、担当が変わっても継続的な支援ができるよう取り組んでいます。
さいごに
私たち産婦人科病棟スタッフは、来てくださるお母さんにとって満足のいくお産を経験して、その先に続く育児へのスタートがスムーズに始められるよう、できる限りのサポートを行っていきたいと考えています。
今妊娠中の方は、お腹の中の赤ちゃんの成長が楽しみで、わくわくしたマタニティ生活の反面、ちゃんと産めるかな、おっぱいは出るかな、ちゃんと赤ちゃん育てていけるかな・・・そして、『母』になる不安、大事なかけがえのない命を守っていかなければならない不安、その責任に押しつぶされそうになっているかもしれません。そんな不安を抱えながら、これから迎えるお産や子育てへの想像を膨らましていくことでしょう。
私たちはあなたが「かけがえのない赤ちゃん」を迎えるために様々な準備をしています。お母さん、お父さんになるプレッシャーではなく、お母さん、お父さんになる楽しみを胸に、赤ちゃんを迎えてほしいと思っています。
現在新型ウイルス感染症と共存している日常生活の中で、妊娠生活をおくっていらっしゃる方、そして間もなく出産を控えている方、子育てしているすべての皆様とその家族の皆様の健康を願っています。