甲状腺疾患と妊娠〜妊娠前から気をつける甲状腺機能亢進症・甲状腺機能低下症〜

こんにちは。今回は甲状腺の病気と妊娠についてのお話をします。

*まず…「甲状腺」とは何でしょう?

「甲状腺」は首の前側の「のどぼとけ」の下にあり、蝶が羽を拡げたような形をしています。薄く柔らかいため通常は触ってもよくわかりません。
甲状腺から分泌される「甲状腺ホルモン」にはトリヨードサイロニン(T3)とサイロキシン(T4)の2種類があります。甲状腺ホルモンの分泌は脳にある「脳下垂体」というところから出る甲状腺刺激ホルモン(TSH)によって常に一定に保たれるよう調節されています。
「甲状腺ホルモン」の主な働きとしては、

  1. 全身の代謝を活性化する
  2. 交感神経を刺激する
  3. 成長や発達を促す

の3つが挙げられます。
甲状腺の病気には甲状腺ホルモンの分泌が多くなり過ぎて起こる「甲状腺機能亢進症」と甲状腺ホルモンの分泌が足りなくて起こる「甲状腺機能低下症」があります。甲状腺の病気は、母体の健康、胎児発育、妊娠・出産に影響を及ぼす可能性があるため、適切な診断と治療を行うことが大切です。また妊娠成立にも影響を与えるため、妊娠を考えられた際には、妊娠前に一度、甲状腺機能検査を受けられることをお勧めします。

*甲状腺機能はどうやって調べますか?

血液検査を行い、血中甲状腺刺激ホルモン(TSH)と、血中遊離サイロキシン(FreeT4:FT4)を測定します。

  • TSH低値でFT4高値なら、甲状腺機能亢進症
  • TSH高値でFT4低値なら、甲状腺機能低下症

※T3、T4はその大部分は血清蛋白と結合していますが、直接身体に働く甲状腺ホルモンは血清蛋白と結合していない極めて微量の遊離T3、遊離T4です。そのため検査では遊離サイロキシン(FT4)を測定します。

*甲状腺機能亢進症とは、どんな病気ですか?

妊娠時に甲状腺機能亢進症を合併する頻度は0.2~0.3%と比較的高いです。
甲状腺機能亢進症の約80%はバセドウ病で、残りの約10%ずつが亜急性甲状腺炎と無痛性甲状腺炎になります。ここでは、最も多いバセドウ病を中心にお話しします。
甲状腺機能亢進症の症状として、甲状腺ホルモンの分泌過剰による甲状腺中毒症状(頻脈・体重減少・手の指の震え(手指振戦)・発汗増加・神経過敏・息切れ・疲れやすいなど)や眼球突出などの眼球症状があります。
妊娠初期に分泌されるヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)が甲状腺を刺激することでの妊娠初期に一時的に甲状腺ホルモンが過剰に分泌される妊娠初期一過性甲状腺機能亢進症を発症(全妊婦の1~3%)することがあります。ただこの場合には治療の必要はなく、妊娠中期以降自然軽快するといわれています。バセドウ病と区別するためには抗TSH受容体抗体(TRAb)の測定が必要となります。バセドウ病の場合、胎児へ抗体が移行することで新生児一過性甲状腺機能亢進症を呈する可能性があるため、この診断は重要です。

【注釈】産婦人科医が日常遭遇する機会の多いバセドウ病に関しては、日本甲状腺学会のガイドラインでは「妊婦、授乳婦、および妊娠希望のバセドウ病患者の治療は、これらに対する専門的知識と経験のある医師に紹介または相談することが勧められる」とされています。
参照:日本甲状腺学会(www.japanthyroid.jp)

*甲状腺機能亢進症の治療は、どんなことをしますか?

抗甲状腺薬の内服が治療の中心となります。抗甲状腺薬には、チアマゾール(mercazole®;MMI)とプロピルチオウラシル(propacil®;PTU)があります。妊娠中にPTUもしくはMMIを内服した場合、内服してない場合と比べて一般的な先天奇形がおこる頻度やあかちゃんの知的発育障害が発生する頻度には差がないといわれています。ただし、いくつかの赤ちゃんの形態異常(後鼻孔閉鎖症・気管食道瘻・食道閉鎖症・臍腸管遺残・臍帯ヘルニア・頭皮欠損など)は妊娠初期のMMI内服との関連が指摘されているため、妊娠初期、少なくとも妊娠4~7週はMMIを使用しないほうが無難です。薬剤の選択や内服量など、甲状腺疾患に豊富な知識・経験のある専門医としっかり相談をして経過をみるようにしましょう。

*甲状腺機能亢進症の児への影響はどういったものがあるでしょうか?

治療をしていても甲状腺機能亢進症では、抗TSH受容体抗体(TRAb)が胎盤を通過し、おなかの中の赤ちゃんの甲状腺ホルモンが過剰に分泌する胎児甲状腺亢進症を引き起こすことがあります。また、お母さんが抗甲状腺薬を内服していた場合、出生後にお母さんから胎盤を通してあかちゃんに移行していた母体由来抗甲状腺薬の供給が途絶えるために、あかちゃんに一過性甲状腺機能亢進症(新生児バセドウ病)が認められることがあります。(頻度はバセドウ病妊婦の1~5%)
妊娠中のおかあさんのTRAbが高値であるほど、あかちゃんに新生児・胎児甲状腺機能亢進症が発症する頻度が高くなるので、妊娠後期のTRAbの測定は、新生児・胎児甲状腺機能亢進症の発症を予測するのに有用と考えられています。胎児甲状腺機能亢進症は胎児頻脈・胎児甲状腺腫・発育不全の原因となる可能性があります。抗甲状腺薬で母体が管理されている場合は妊娠中、定期的に母体採血や、胎児心拍数の評価や胎児発育計測を行っていきます。

*甲状腺機能低下症とは、どんな病気ですか?

妊娠に合併する甲状腺機能低下症は0.11~0.16%です。
甲状腺機能低下症の約半数は橋本病(慢性甲状腺炎)であり、甲状腺手術後や内服療法後などでも起こることがあります。
甲状腺機能低下症の症状として無気力・疲れやすい(易疲労性)・まぶたのむくみ(眼瞼浮腫)・寒がり・体重増加・動作緩慢・強い眠気(嗜眠)・記憶力低下・便秘・かすれ声(嗄声)などがあげられます。

*甲状腺機能低下症の治療は、どんなことをしますか?

甲状腺機能低下症(潜在性を含む)の場合、甲状腺ホルモンを補充することで流産率・早産率が低下するという報告があるため、甲状腺補充量を増やす方向で治療を行います。妊娠中は非妊娠時に比べてより多い量の甲状腺ホルモンが必要とされるため、治療の最終目標は血中TSHの正常化(正常下限値までの)にあります。
※ヨーロッパ甲状腺協会および米国産科婦人科学会(ACOG)で示されている目標値
妊娠第一3半期(妊娠0週0日~13週6日まで):TSH<2.5µU/mL
妊娠第二3半期(妊娠14週0日~27週6日まで):TSH<3.0µU/mL
妊娠第三3半期(妊娠28週0日以降):TSH<3.5µU/mL
妊娠中に十分な量の甲状腺ホルモンを内服補充することが胎児のためにも必要であり、また内服による胎児への影響はありません。

*甲状腺機能低下症の児への影響にはどういったものがあるでしょうか?

妊娠初期には胎児にまだ甲状腺ホルモンをつくる能力がないため、おかあさんからの甲状腺ホルモンが胎児に移行して、その神経生理学的発達に影響するといわれています。しかし、妊娠初期に偶然発見された甲状腺機能低下症が、児の神経生理学的な発達に悪影響を及ぼすかにどうかについては現在はっきりとした研究報告はありません。

最後に甲状腺機能異常の臨床症状を表に示します。
<表 甲状腺機能亢進症および低下症の臨床像>

 甲状腺機能亢進症甲状腺機能低下症
臨床症状情緒不安定・手指振戦・動機・頻脈・甲状腺腫・眼球突出・多汗・暑がり・体重減少・皮膚湿潤無力感・嗜眠・言語緩徐・浮腫・便秘・嗄声・発汗減少・寒がり・体重増加・皮膚乾燥
検査TSH低下、FT3著増、FT4著増
抗TSH受容体時抗体(TRAb)陽性あるいは甲状腺刺激抗体(TSAb)陽性
TSH増加(橋本病)または低下(中枢性)、TF3著減、FT4著減
甲状腺自己抗体(抗サイログロブリン抗体、抗サイロイドペルオキシターゼ[TPO]抗体)陽性
妊娠への影響流早産、死産、FGR、妊娠高血圧症候群、バセドウ病の場合=新生児甲状腺機能亢進症流早産、死産、FGR、妊娠高血圧症候群、貧血、常位胎盤早期剥離
橋本病の場合=ときに新生児甲状腺機能低下症

◆ 東京ベイ・浦安市川医療センター 産婦人科

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