東京ベイの産婦人科で行っている無痛分娩について

無痛分娩とはどのようなことをするのでしょう?
本当に痛みが無いの?
陣痛はとても痛いと聞いているから心配で不安。
前の児のお産の時は陣痛が大変だったから今度はやってみたいけれど。
痛みが無くお産ができるなら皆がすれば良いのでは?
でも無痛分娩をやったことがある人の話をあまり聞いたことがないのでよくわからない。
どこの産婦人科でやっているのかわからない。
最近無痛分娩での医療事故がニュースになっていたので心配。

ここではそのような疑問にも答える形で当院の産婦人科で行っている無痛分娩についてお話しします。

無痛分娩とは

手術の時の麻酔のように全く痛みを感じない、というものではなく「分娩時鎮痛」と言ったほうが正確でしょう。
陣痛の痛みを麻酔により軽減するものです。
「無痛分娩」とは産婦人科用語としても認められています#1が、全く痛みがないことを保証しているわけではありません。
それでも一般的にはわかりやすい言葉なので普及しています。

分娩は無痛分娩にしなくても昔からみんなが産んできたのだから、これが無ければ安全に分娩ができないという訳ではありません。
でも痛みが無ければ産む側としてはとてもありがたい訳です。
分娩の方法は自然分娩に関してはその国・地域の文化の1つという側面があり、いろいろなやり方・スタイルがあります。
無痛分娩も医学的に必要という訳では無いので国・地域により麻酔法も無痛分娩を選択する妊婦さんの割合も異なります。
例えば米国では過半数の人が、フランスでは8割の人が無痛分娩を選択し硬膜外麻酔を受けていると言います。
英国では無痛分娩の方法として伝統的に笑気ガスを吸う麻酔を行って来ました。
医学的に必要という訳でないことから、どの方法でなければということもありません。
日本では最近増加していると思われますが全体としては1割未満の人が無痛分娩を選択しているようで、方法としては硬膜外麻酔が一般的です。

陣痛の痛みが減るなら楽になるからみんなが行えば良いのに実際はそれほど多くの人が受けてはいないのは、1つには無痛分娩を行っている産科施設が多くないことによると思われます。
硬膜外麻酔を日常的に行うことができる産科医が不足していること。
麻酔ですから麻酔科医が専門家ですが、その中でも産科麻酔を行っている麻酔科医が少ないこと。
最近は医学も専門化されてそれぞれが高いレベルを要求される時代なので専門の細分化が進んでいます。
専門医に頼めば技術も高く、慣れており安心感も高まると思いますが、無痛分娩を専門に行っている麻酔科医、産科医は不足しています。
専門医を「狭く深く」とすれば幅広く何でも行う医師は「浅く広く」になりますが昔より現在は数少ない状態です。
病院の一般的な受診者も専門医を求める傾向です。
専門が細分化されると1つの専門領域に携わる医師数は減ります。
無痛分娩を麻酔専門医のみに限定すると現状では希望者数には応じきれないでしょう。
安全管理体制をきちんとすれば無痛分娩に慣れた産科医が麻酔を使うことは問題ないと考えられます。

さらに、麻酔をかけると起こる身体の状況変化(知覚神経、運動神経、血圧・脈拍などの循環器系、呼吸数・血中酸素濃度など)を監視していかなければならないため、器械設備や看護師などの人手がさらに必要となり、産科医・麻酔医不足とともに不足しがちです。

もう1つには日本人の「お腹を痛めて産むことに意義がある」というような分娩に対する考え方があると言われています。
最近ではそのような方は減ってきているようですが、欧米の人などはよく「とにかく痛いのは嫌」「赤ちゃんは欲しいけどお産で痛いのはだめ」という意見を強く言われます。
無痛分娩をしたことを他の人に言うのに後ろめたさを感じる人が日本ではまだいらっしゃるのかもしれません。
ここらへんは分娩に対する考え方、文化の側面です。

分娩時硬膜外麻酔のメリット

最大のメリットは陣痛が緩和されることです。
分娩時硬膜外麻酔の最大のメリットは陣痛の感覚が弱くなり楽になることです。
分娩の最大の苦痛は陣痛の痛みであることがほとんどの産婦さんで言えますから大きなメリットです。
陣痛に対する恐怖・不快感が弱まり、精神的・肉体的にリラックスできるようになります。

陣痛に対していたずらに恐怖を抱き筋肉を緊張させていた産婦さんが、鎮痛効果により筋肉の緊張が解けるのは無駄な体力消費を減らし、産道周囲の筋肉の緊張も減ってよいことです。
中には産道の抵抗が減って分娩の進行が早くなる効果がみられることもあると言います。
分娩中にあまり体力を消耗しないで出産できれば産後の回復、児のお世話などにも多くのエネルギーを使えます。

また医学的な理由で分娩時硬膜外麻酔を受けるのが良い産婦さんもいます。
一部の心疾患を持っている場合などです。

分娩時の硬膜外麻酔による鎮痛は世界的に最も広く用いられている安全な方法です。
良く効けばほとんど痛みを感じないくらいになることもあるし、効きが悪くても痛みはある程度軽くなります。
赤ちゃんへ行く麻酔薬はごくわずかのため、赤ちゃんへの悪い影響がとても少ないのも特徴です。

簡単にまとめればメリットは楽なお産にできる可能性があると言うことです。

分娩時硬膜外麻酔のデメリット、リスク、注意点

麻酔の副作用・合併症を知りましょう。
効果ばかりが強調されてリスクが知られていないとすれば問題です。
麻酔という医療処置を受ければその麻酔処置や麻酔効果による副作用や合併症が起こる可能性も出てくることになります。
ただし、硬膜外麻酔は普通の手術時にもよく使われている麻酔法であり、特殊な麻酔では無く安全性が高いものです。
副作用や合併症に注意して管理することで安全に行われるようにしています。

神経には感覚神経と運動神経があります。
皮膚の感覚神経や筋肉の運動神経とは別に子宮は内臓の1つであり内臓系の感覚神経、運動神経によって支配されています。
硬膜外麻酔は麻酔薬が注入され到達した範囲にあるこれらの神経を一緒に麻痺させます。
つまり子宮の痛みを感じにくくするのが目的ですが、一緒に皮膚の感覚も足の筋肉も子宮の運動(子宮収縮)もさらには膀胱の運動も弱めて鈍くさせてしまうことがおこります。
なるべく痛みだけ弱まり、運動機能はあまり麻酔がかからないのが都合良いことですがあまり都合良くはなりません。

腹部手術ができるほど麻酔を強力にすれば痛みは感じなくなるでしょうが、感覚も麻痺し、足も動かなくなり、陣痛も止まります。
分娩時の硬膜外麻酔では分娩進行のためにもう少し弱い麻酔にする必要があります。
麻酔で陣痛の痛みは弱まり楽になっても、同時に陣痛の力(子宮収縮)が弱まってしまうと分娩が進行しなくなるため、「楽だがいつまでも産まれない」ことになってしまいます。
麻酔により分娩時間が長びく人が多くなることが知られています。
そのため子宮収縮を強めるいわゆる「陣痛促進剤」を使う、増量する、ことが必要となる例が多くなることが証明されています。
痛みの感覚が弱く、腹筋の力も入りにくくなるので赤ちゃんの頭が出るときの「いきみ」がうまくできなくなり、結局頭を出すのを手助けする「鉗子分娩」や「吸引分娩」の率が上がることも証明されています。
ただし、だからといって赤ちゃんに問題が起こるわけではありません。
また、帝王切開になる率が上がるわけでは無いこともわかっています。

下肢の感覚が鈍くなったり、動かしにくくなることがあります。
歩行が危険になることがあるので麻酔持続中はベッドの上で過ごすことが普通です。
尿意や排尿の神経も鈍くなりますので自分で排尿ができないときは管で尿を取ることがあります。
麻酔が効くと血圧が下がることが起こりやすく、血圧の監視を断続的に行います。
自動血圧計を長時間付けたり、予防のためベッドで横になって過ごす時間が長くなります。
低血圧になったら麻酔薬を減らしたり、輸液(点滴)の量を増やしたり、血圧を上げる薬を使ったりします。

38℃以上の発熱となる可能性が10%くらいあると言われています。
麻酔が終われば戻ります。

麻酔の針や管(カテーテル)が硬膜を傷つけ、中の脳脊髄液が漏れると頭を上げると頭痛が起こることがあります。
起こるのは1%位の可能性と言われています。
通常1週間程度で漏れは止まりますので頭痛も治ります。
治るまでは横になっていると頭痛は置きにくい状態です。
輸液量を増やしたり、水分を多めに取ったり、頭痛薬を使ったりして対応します。

脊髄くも膜下麻酔を併用すると鎮痛効果が数時間強力になりますが、半分くらいの人に軽い「かゆみ」を感じることがあります。
麻酔薬が直接血管に入ったり、総投与量が多くなると局所麻酔薬中毒が起こることがあります。
症状は舌、口唇のしびれ、金属様の味覚、多弁、呂律困難、興奮、めまい、視力・聴力障害、ふらつき等です。
重症になると痙攣、意識消失、呼吸停止、心停止も起こり得ます。

稀だが重篤な合併症として感染、出血、神経障害があり得ます。
麻酔の管を入れる針を刺すと少量の出血は起こりますが、これがなかなか止まらずに脊髄周囲で血の塊(血腫)を作ると、稀にこれが脊髄を圧迫し脊髄の麻痺が起こることがあり得ます。
刺した部位から細菌感染が起こると髄膜炎や脊髄周囲の化膿、また針や管で神経の一部が損傷されると長期間続く神経損傷(一部の感覚,運動麻痺等)を起こすことがあり得ます。
いずれも稀ですが重要なためここに記します。

その他、無痛分娩の料金が出産の費用に加算されます。
一般に希望で行う場合は自費で医学的に必要なために行う場合は保険診療です。

当科で行う分娩時硬膜外麻酔のおよその流れ

麻酔が受けられる確実性を高くするために計画分娩をお願いしています.


<図(ppt由来画像)>硬膜外麻酔のイメージ図

東京ベイの産婦人科では麻酔科標榜医の資格をもった医師を含め数名の産婦人科医が分娩時の硬膜外麻酔を行っています。
この体制では24時間365日いつでも硬膜外麻酔に対応できる訳ではありません。
休日や深夜など医師、助産師の人数が少ない時間帯では、通常の分娩の産婦さんの対応だけにしないと手が足りず安全性が劣る可能性があります。
そのため当科では無痛分娩を希望される妊婦さんには人員の多い平日日中に陣痛を誘発する計画的なお産にすることで、硬膜外麻酔が行える確実性を確保するようにしています。
人により陣痛の起こりやすさ、時期は違うので子宮口の様子を診察しながら、薬に子宮が反応しそうな時期を待って陣痛を誘発する日を決めます。(陣痛誘発については別に説明します)
1.誘発予定の前日に入院し準備をします。
2.当日は陣痛を起こし強める薬を点滴して徐々に増量することで陣痛を起こし(誘発し)ます。
3.陣痛が始まり子宮口が開き始める前後で硬膜外麻酔のカテーテルを背骨の間から硬膜外腔へ入れます。ベッドに横向きに寝て(または座って)背中を丸くし、背骨の間を開きます。
4.背中の腰の辺りに皮膚の麻酔を注射した後に麻酔用の針を差し入れます。
針の中に管(カテーテル)を通し、脊髄周囲の硬膜外腔に管の先を到達させます。
そして管を残しながら針を抜きます。
5.薬の効果・副作用を確認するためにテスト量の麻酔薬を管から注入します。
強い副作用がみられなければ、陣痛の痛みの強さに応じて麻酔につかう薬を持続的に注入開始し効果をみながら量を加減します。

<終わりに>

無痛分娩に関する知識が少し増え、イメージしやすくなったでしょうか?

麻酔をはじめ手術、採血、注射、投薬、検査などどんな医療処置にもそれを受けると起こるかもしれない副作用や合併症があります。
その程度が軽微なのか重大なのか、稀に起こるのか頻繁なのかだけの違いです。
無痛分娩は必ず受けねばならないものでは無いだけに、メリット(得られる効果)とデメリット(副作用、合併症、不都合)を両方知って無痛分娩を選択するかしないかを決めていただくのが良いと思います。

◆ 東京ベイ・浦安市川医療センター 産婦人科

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