診療看護師の永谷です。今回、診療看護師室の記事を担当させて頂きます。
This world nothing can be said to be certain, except Death and Taxes.
「この世で死と税金以外に確かなものはない」
ベンジャミン・フランクリンの言葉ですが、この「確かなもの」を「逃れられないもの」と表現することがあります。身近には仕事、時間、締切など逃れられないものはたくさんありますが、「年をとること」つまり「老化」も身近かつ平等な、逃れられないものではないでしょうか。
内閣府の発表では、本邦の人口の約30%が65歳以上で、約10%が75歳以上だそうです。高齢化率は世界で最も高く、2065年には2.6人に1人が65歳以上という社会になるそうです。おそらくこの問題からは逃げられず、社会全体で対応していく必要があります。そんな「世界最先端の高齢化社会」である本邦の高齢者診療が、診療看護師の働きでより活性化することを目標とし「高齢者医療」をテーマに書かせて頂きたいと思います。
・高齢者医療:「年のせい」にはしない
年をとると老化による心身機能の低下が起こります。今まで出来ていたことが出来なくなり、生活の質(QOL:Quality of life)が低下してしまいます。それは年をとっていく過程で普通のこと、「年のせい」と多くの人は考えます。しかし、高齢者医療ではそういった変化を「年のせい」とせず、食欲がない、眠れない、体がだるい、目が見えにくい、気分がのらないなどの症状を「老年症候群」として積極的に評価し介入を行います。適切な高齢者への対応を行いQOLの維持、改善を目指すことが「高齢者診療」の要です。私たち診療看護師は病気の治療だけでなく、QOL向上を目指す高齢者医療の中心的な役割を果たします。
・診療看護師が関わるCureとCare
高齢者は元気な方もいますが、一般的には若年者にくらべ耐容力がない状態です。これを専門用語で「フレイル」と言います。フレイルの状態は病気を患いやすく、かつ重篤になりやすいです。
病気だけでなく入院という環境の変化は、ADLの著しい低下を招きます。「入院すると病気が治って元通りになる」と期待される方は多いですが、すべてが元通りになるわけではありません。海外の統計になりますが、病院から退院した10-60%の高齢者が半年以内に再入院し、30%の高齢者は生活に支障が出る動作障害を抱えて退院すると報告されています。
そのようなデータが示すように高齢者の病気は治癒や根治が大変難しく、それを突き詰めるあまり治療の副作用で生活の質を低下させてしまうことがあります。そのため高齢者医療は治癒や根治(Cure:キュア)だけでなく、環境調整や症状緩和、生活の質の向上、その人らしく生きるサポート(Care:ケア)が重要となります。
その人に合ったケアを行うにはまず適切な評価が必要です。私達は高齢者総合機能評価(CGA:Comprehensive Geriatric Assessment)を活用しています。CGAは医学的観点だけでなく包括的・総合的に患者を評価することであり、キュアとケアの両方の視点で評価する優れた評価方法です。
CGAは単一の方法が確立されているわけではありませんが、いくつかの評価項目が提唱されており、機能評価、運動機能評価、栄養状態評価、視力聴覚評価、認知機能評価、精神状態評価、社会的問題評価、生活の質評価、薬剤の整理の9つの項目で評価をします。文章で書くと堅苦しいですが、評価項目に沿って「何に困っていて、その原因は何か、それを改善するためにはどのような対応が必要か」ということを本人と本人に関わる全ての医療者で情報収集、共有、話し合いをしていく、ということです。
例えば運動機能評価ですが、Timed Up and Go Test(TUGtest)といって、3m離れた椅子から立ち上がり、方向転換してもとの椅子に座るテストを行います。10秒以内だと問題なし、それ以上で転倒のリスクが高いと評価します。他にも「立ち上がる時に手を使う」などの補助動作が増えることも運動機能が落ちていると考えます。専門のリハビリテーションスタッフにも評価してもらい、問題があればそれは病気の影響か、筋力低下か、薬剤の影響か、というように様々な視点から評価し、必要な介入を多職種で検討します。
ケアにおいて「その人らしく生きるためのサポート」は特に重要です。様々なケア方法がありCGAもその一つです。ここでもう一つは紹介したいのは、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)です。厚生労働省では「人生会議」と愛称をつけ、「自らが望む人生の最終段階における医療・ケアについて、前もって考え、医療・ケアチーム等と繰り返し話し合い共有する取組」とされています。「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」も整備され、その人が最後までその人らしく生きれるようにと、社会を巻き込んだ動きが広がっています。入院するということは不運なことですが、入院中に「人生会議」を提案し、自身が望んだ医療やケアを受けられる様にすることも私達の重要な役割です。
ACP、人生会議に興味のある方は、診療看護師重富の記事、厚生労働省のページも御覧ください。
・NP、”人生の最期”を考えます
・厚生労働省ホームページ:自らが望む人生の最終段階における医療・ケア
誰しも「老化」や「死」から逃れることはできませんが、「死」によって「人生」そのものが無に帰すわけではありません。大切なことは、人間としてどのような人生を送ったか、その「生」の過程にあると思います。私は診療看護師として、その人がその人らしく生きるためにこれからも患者さん一人一人の人生に向き合っていきたいと思います。
診療看護師研修2年目 永谷創石