おはようございます。診療看護師室の永谷です。現在集中治療室ローテーション中のため「集中治療室での良い睡眠」をテーマにお話します。
※集中治療室自体の説明に関しては、日本集中治療学会の「看護師より市民の皆さまへ」を是非ご覧ください。(http://www.jsicm.org/public/nurse.html)
人間はなぜ眠るのか。眠らないとどうなるのか。
私たちは日常的に「睡眠」という行動をとっています。人間は人生の3分の1を睡眠に費やすと言われていますが、なぜ眠るのか、その理由はわかっていません。もし眠らなかったらどうなってしまうのか。調べてみたところ、眠らなかった最長記録は米国人の約11日間だそうです。その方は2日目から眠気と倦怠感が強くなり、4日目には誇大妄想、6日目には幻覚、9日目には視力低下や被害妄想、最終日には極度の記憶障害などの症状が生じてたようで、眠らないことはあまり人間にはよくないようです。実際にギネスブックでも「著しく健康を害する恐れがある」との理由から、この記録は更新しないとしています。
「集中治療室と睡眠」
集中治療室で治療を受けている患者さんの多くが睡眠障害を発症すると言われています。睡眠障害は「眠れない」という問題だけではなく、せん妄という一過性の精神障害の原因になってしまうことも大きな問題です。せん妄の症状は時間や場所が急にわからなくなる、注意力や思考力が低下してしまうなど様々です。冒頭で紹介した11日間眠らなかった方ととても似ている症状です。せん妄は精神的障害が出現するだけでなく、人工呼吸器装着期間の延長、集中治療室在室期間の延長、医療費の増大、死亡率の上昇など、さまざまな有害事象の原因となります。
集中治療における近年の問題として、集中治療室退室後の患者さんが運動機能・認知機能・精神に障害が生じ、無事に退院しても3分の1の患者さんが元の日常生活に戻れないということが挙げられています。これは集中治療後症候群(post intensive care syndrome:PICS)と呼ばれる病態の一つです。PICSとは2010年に米国集中治療医学会にて提唱された概念で、主に集中治療後の精神障害・認知機能障害を指しています。
PICSの要因や対策は様々ですが、1つの対策としてせん妄への早期介入、予防があげられています。そのため、せん妄の原因となる睡眠障害への介入はPICSへの対策でもあり、患者さんの退院後の生活をよりよくするための重要な介入となります。
睡眠障害の要因と「Quiet time = 静かな時間」
睡眠障害の原因は多くあります。1つ目は環境因子で、夜間の騒音、照明、看護ケアや処置などがそれにあたります。2つ目は患者因子で、重症な病態、手術後の痛み、人工呼吸器の非同調などが要因となります。特に敗血症という重篤な病態ではホルモン異常により、昼夜のリズムが消失し睡眠覚醒のサイクルが著しく障害されます。3つ目は薬物による影響で、一部の薬剤は睡眠時間の短縮や覚醒の増加、睡眠脳波への影響や概日リズム障害を起こす可能性があります。睡眠障害に関連した薬剤は治療に必要な場合が多く、多くの場合それを理由に中止はできません。集中治療室での睡眠障害は主にこの3つの要因があると言われています。
環境因子に関しては、生活、療養に関わる分野であり看護師が大きく関わる分野で、患者因子、薬剤因子は医学的な知識や介入が必要なため医学的な分野といえます。3つの要因の中で、介入が比較的容易なものとしては環境因子が挙げられます。
診療看護師の環境要因への介入で海外の一部の病院では面白い取り組みが行われています。それは「Quiet time = 静かな時間」といって、例えば午後3時から4時は患者さんに対して医療者が何もしない、静かな時間を作り、患者さんに完全に休んでもらう環境を設定しています。合言葉は「shhh….」、簡単にいうと「お昼寝タイム」でしょうか。実際に騒音は減り、睡眠の満足度があがり、家族も快適な時間をすごせるなどの効果があるようです。効果に関してはまだまだ検証の余地はありそうですがとても面白い取り組みです。実施するには医学的問題も解決しなければならないため、看護を基盤に診療を行う診療看護師が活かされる取り組みだと思います。
▲Beatrice Community Hospital and Health center
「Quiet time」の患者さんと家族への周知ポスター
http://www.beatricecommunityhospital.com/quiethour
最後に
集中治療室での良い睡眠が、大切な課題であることをご理解して頂けたでしょうか?睡眠障害には様々な要因があり、解決方法も十分に確立していない状況です。シェイクスピアが「看護師」と表現した「快い眠り」を患者さんに提供できるように様々な取り組みを行なっていきたいと思います。
お付き合い頂きありがとうございました。みなさまがどんな状況でもよりよく眠れますように。おやすみなさい。
「快い眠りこそは自然が人間に与えてくれるやさしい、なつかしい看護師だ。」
ウィリアム・シェイクスピア (William Shakespeare, 1564- 1616)