手術で治る認知症〜脳神経外科医が解説する慢性硬膜下血腫、 特発性正常圧水頭症の治療〜

「アルツハイマー」だけが認知症ではない?

みなさん、認知症と聞いて何をイメージされますか。「物忘れ」「徘徊」「介護」などが挙がるでしょうか。世間一般に“アルツハイマー”と呼ばれるアルツハイマー型の認知症は近年誰もが一度は聞いたことのある病名ですね。昔から「ぼけ」や「痴呆」と呼ばれてきた、認知症とはそもそもどのようなものなのでしょうか。
世界保健機関(WHO)が定める認知症の定義は「慢性あるいは進行性の脳疾患によって生じ、記憶、思考、見当識、理解、計算、学習、言語、判断等多数の高次脳機能の障害からなる症候群」です。つまり認知症は病名ではなく、認識したり、記憶したり、判断したりする能力が障害され、社会生活に支障をきたす“状態”のことなのです。

認知症には「アルツハイマー」以外にも多くの疾患が含まれ、代表的なものに脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などがあります。これら疾患の共通点は進行性であることで、現代の医療では基礎疾患の根治は難しく、認知症の薬は症状の進行を抑える効果に留まります。しかし、一部の認知症には外科的治療によって症状が大きく改善する脳の病気もあります。私たち脳神経外科が治療を行う“手術で治る認知症”があるのです。

手術で治る認知症〜慢性硬膜下血腫〜

手術で良くなる認知症の一つに慢性硬膜下血腫があります。比較的軽い頭部への打撲が引き金となり、脳の表面にじわじわと血腫が貯まってきて、脳が圧迫されてしまうことで症状が出てくる病気です。典型的にはお酒を好むお年寄りの男性に多く、頭部の打撲後、短くて数週間、通常は1~3カ月程度経過した後に症状がみられるようになります。ひどい物忘れや、言葉が出にくい、何となく元気がない、動作が緩慢になる、失禁してしまう、など一般的に認知症がイメージされる症状が比較的急速に認められるようになります。認知症の症状以外では片麻痺が認められることも多く、歩き方がぎこちなくなったり、左右どちらかに寄ってしまったり、さらに重症になると意識障害が認められ、起き上がることすらできなくなり、寝たきりの状態になってしまいます。これらは重症の脳卒中とも非常に似た症状といえます。

診断には画像検査が必須であり、頭部CTとMRIが非常に優れています。上記のような症状がすでに出現した慢性硬膜下血腫はCT、MRI検査でほぼ100%確定診断が可能です。治療法は穿頭洗浄術という手術で、頭蓋骨と脳との間に貯留した液状の血種を除去します。局所麻酔下で3~4cm程度の頭皮切開を行い、頭蓋骨に一円玉サイズの穴を一か所開けて、血腫を吸引除去してから生理食塩水で洗浄します。慢性硬膜下血腫は、診断さえつけば穿頭洗浄術を行うことによって、多くの患者さんで速やかに症状が改善し、もとの生活に戻ることもできます。

当院の症例1
当院で治療した79歳男性の患者さんです。ある日をさかいに尿失禁、左片麻痺による歩行障害が認められ、日付がわからないなどの認知症状も認められました。他院を受診され頭部CTを施行したところ、右側の慢性硬膜下血腫が認められました。手術を目的に当院へ救急転院搬送され、緊急で穿頭洗浄術を施行し、牛乳瓶1本分に相当する180mlもの血腫を除去しました。術後の頭部CTでは術前と比較して脳の強い圧迫が解除されています。

この患者さんは、入院の1カ月程前に自転車で転倒し、軽症の頭部打撲歴がありました。術後はすべての症状が消失しお元気になられ、自宅退院して元の生活に戻ることができました。

手術で治る認知症〜特発性正常圧水頭症〜

手術で良くなる認知症には特発性正常圧水頭症というものもあります。脳を保護する役割を担う“脳脊髄液”という99%水を成分とする清明な液体が、必要以上に増加して、脳に負担をかけてしまう病気を水頭症といいます。脳脊髄液は“脳室”という部屋で毎日500ml程作られ、脳室から脳表に循環した後吸収されます。このように脳脊髄液は一日3回ほど完全に入れ替わるといわれています。この髄液の循環がスムーズではなくなったり、出口が目詰まりを起こしたように髄液の吸収がうまくいかなくなると、脳脊髄液の量のバランスが過剰となり脳室が大きくなって脳に負担がかかるようになります。水頭症は脳卒中など様々な脳の病気が原因となって二次的にも認められますが、原因が特定できないタイプを特発性正常圧水頭症といい、高齢者に多く発症します。

特発性正常圧水頭症の主な症状の一つが認知症です。自発性が乏しくなり、動作の緩慢さが目立つようになります。趣味をしなくなり、物事への興味が薄れ、集中力が続かず、物忘れも顕著になります。認知症のほかにも、歩行障害、尿失禁を加えた3つの症状が主であり、三徴候と言われます。これら三徴候のうち歩行障害は最初にみられる症状(初発症状)であることが多く、特徴として小刻みな歩行となり、方向転換の際にバランスを崩しやすくなります。尿失禁は頻尿(特に夜間頻尿)や尿意の切迫感を伴うことが多く、“トイレに間に合わない”状態となります。

診断には詳細な問診を行い上記症状と経過を確認したうえで、頭部MRIやCTで脳室が大きくなっていないかなど画像評価をします。さらに髄液タップテスト(髄液排除試験)という検査をおこないます。これは細い注射針で腰の背骨の奥から脳脊髄液を実際に採取・除去してみて、認知症や歩行障害に改善がみられるか確認する検査です。

治療法はシャント術という手術で、頭蓋内に過剰に貯まった髄液をおなか(腹腔内)に流すための経路を作ります。最も一般的なシャント術は脳室-腹腔シャント術で、脳室内の髄液をおなかに流す方法です。頭蓋骨に小さな穴をあけて脳を直接穿刺し、脳室から腹腔内まで細い管(カテーテル)を通します。また腰の背骨の奥にある脳脊髄液を,腹腔内へ流す方法(腰椎-腹腔シャント術)もあります。

当院の症例2
当院で治療した81歳男性の患者さんです。数年前から物忘れがひどくなり、歩行も小刻みで不安定となりました。アルツハイマー型認知症の診断で他院に通院されていました。また1年前からはたびたびトイレに間に合わず失禁してしまうようになり、当院外来を受診されました。頭部CTおよびMRIを施行し、明らかな脳室の拡大が認められ、症状からも正常圧水頭症が強く疑われ検査入院しました。髄液タップテストを行ったところ、歩行の改善が認められ、脳室-腹腔シャント術を施行しました。術後の頭部CTでは術前と比較して脳室が縮小しています。

術後は物忘れなどの認知症状、歩行障害、尿失禁いずれの症状も改善し、お元気にご自宅へ退院することができました。

◆ 東京ベイ・浦安市川医療センター 脳神経外科

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