当院の心臓血管外科は開設時より積極的に低侵襲心臓手術(MICS;Minimally Invasive Cardiac Surgery;通称ミックス)を行ってきました。若年者から高齢者まで、弁膜症から非弁膜症まで幅広くMICSを適応しています。本稿においはMICSの概略についてご説明します。
低侵襲心臓手術(MICS、ミックス手術)
MICS(Minimally Invasive Cardiac Surgery, 通称ミックス)とは?
MICSは広義には①人工心肺を使用しない症例、②胸骨正中切開をしない症例を含みます。つまり胸骨正中切開のオフポンプ冠動脈バイパス術、胸骨部分切開による心臓手術を含むわけですが、本稿ではより狭義の「胸骨を切開しない」MICSに焦点を絞ります。

MICSの特徴
MICSは胸骨を切開せずに、肋間より心臓手術を行います。皮膚切開は一般的に4-7㎝ほどです。7㎝の切開で行う場合、多くの場合直視で術野が観察できますが4㎝の切開になると直視で観察することは困難になります。当院では4-5㎝の小切開で手術を行うことが多く、疼痛の原因と言われる開胸器(肋骨を広げる器械)も基本的に使用しません。(ただし、肋間が狭い場合は例外的に使用します)。直視で見えない部分が出てくるのでそこを補ってくれるのが内視鏡です。4-5㎝小切開ではむしろ内視鏡が主役となり、外科医の眼となります。

大動脈弁手術は内視鏡と直視の併用で行うことが多いですが、僧帽弁、三尖弁の手術は完全内視鏡下で行います。当院では高解像度4Kカメラを使用しています。高解像度カメラは部位によっては直視で見るよりも鮮明でかつ細かい部位を描出してくれます。
MICSのMICSの利点
①美容面
創部は小さく胸部側方に位置するため衣服、下着に隠れて外部から創部は殆ど見えません。
②疼痛軽減
胸骨正中切開は術後疼痛が長引くことが多いです。個人差はありますが術後1か月ほど続くこともあります。MICSでは疼痛の程度が軽くなり、疼痛の期間も短くなります。退院の頃には痛みは落ち着いていることが多いです。特に開胸器を使用しない場合は、術後疼痛が大きく軽減します。
③感染制御
胸骨切開後に起きる重篤な合併症である骨髄炎、縦隔炎の心配がありません。
④出血量低減
胸骨切開すると骨髄およびその周囲からの出血がでますが、胸骨を切開しない分出血量が減少します。その結果、輸血量を低減することができます。当院では術前に貧血が無い患者さんには無輸血手術を目指します。
⑤早期回復
現役で仕事をしている患者さんであれば早期職場復帰できますし、仕事をされていない患者さんも早期に術前レベルの活動度に戻ることができます。胸骨を切開しないので、胸骨への負担を気にすることなく重労働な仕事も早期に再開できます。早い患者さんだと術後10日ほどで仕事に復帰されます。高齢者では術後廃用を起こさないことが重要な課題ですが、早期回復が期待できるMICSは廃用予防にもなるので高齢者にも良い適応になります。
下記の図では当院でMICSを受けられた患者さんの術後在院日数を示しています。
当院ではMICS用術後リハビリテーションプログラムを組んでおり、術翌日から50m歩行を行い術後4日目には階段昇降まで行います。
術後4-5日目での退院を目標にしており、実際に術後在院日数は5日(中央値)になっています。
高齢者の方は入院期間が長くなることがありますが、それでも80%の患者さんは術後7日以内に退院されています。

MICSの欠点
MICSにも欠点があり、それを十分理解した上で適応を決定することが重要です。
①手術時間の延長、手技的制限 限られた術野で行うことで手術時間の延長や、複雑な手術手技ができない場合があります。
②末梢動静脈の損傷 MICSでは人工心肺を末梢動静脈から装着するので、鼠径部、頸部血管を損傷する可能性があります。
③呼吸器合併症 MICSは多くの場合術野側の肺を虚脱させます(分離肺換気)ので肺疾患合併症例(慢性閉塞性肺疾患COPD、間質性肺炎)は術後肺炎リスクが高まる可能性があります。
以上のような理由で心機能低下、動脈硬化症例、肺機能低下症例などは安全性を考慮してMICS適応外として胸骨正中切開を選択する場合があります。

当院で行っているMICSの対象となる手術
弁膜症手術が主な対象ではありますが、当院では弁膜症のみならず幅広くMICSを適応しています。
右側アプローチでは心房中隔パッチ閉鎖、心臓腫瘍摘出術なども可能です。
一方、左側アプローチではポートアクセスによる内視鏡下単独左心耳閉鎖(リンク)、冠動脈バイパス術(リンク)が可能です。

メッセージ
低侵襲手術には様々な可能性があります。
例えば、弁膜症と虚血性心疾患を併発している場合でもMICSとカテーテル的治療を組み合わせることですべてを治療できる可能性があります。
当院では幅広くMICSの適応があり、カテーテル的弁膜症治療(タビ、マイトラクリップ)の選択肢もフルオプションで揃っています。
選択肢が無いと偏った治療方法を選択する結果になりかねません。
東京ベイは多くの選択肢から個々の患者さんにベストな治療方法を「選択」し「組み合わせる」ことができ、それが当院の強みでもあります。
もちろん適応に関してはハートチームで十分に評価、協議した上で決定します。
すべての患者さんが低侵襲治療に適しているわけではありませんのでご留意ください。
MICS含めて低侵襲心臓治療をご希望される患者さんがいらっしゃいましたらどうぞお気軽に当院にご相談ください。
文責:伊藤 丈二
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