臨床工学室 高橋 裕一
今日は、私たち臨床工学技士にとっての真剣勝負とも言えるECMOによる生命維持管理の仕事についてお話しします。
この数年、新型コロナウィルス感染症の重症患者さんに対する治療としてECMO(エクモ)という言葉を耳にする機会が増えたと思います。
当院でも年間30件以上、ECMOを用いた治療を行なっております(2021年 57件)
ECMOとはExtra Corporeal Membrane Oxygenationの略で「体外式膜型人工肺」といいます。人の肺の代わりに人工肺を使って酸素と二酸化炭素の交換(ガス交換)を行います。
ECMOはガス交換をする人工肺(膜型人工肺)と、体内から血液を取り出し人工肺に血液を送り再び体内に送り戻す血液ポンプ(遠心ポンプ)によって構成されています。

このECMOシステムを使って肺の機能だけを補助する場合は 静脈から取り出し再び静脈へ送ることでV -V ECMOと呼ばれ、心臓の機能を補助する場合は 静脈から取り出し動脈に送る V-A ECMO(PCPSとも言われる)に分けられます。
1980年代から現在のような簡便な閉鎖回路による人工心肺装置を考案され、心停止例に対し心肺蘇生、循環維持や呼吸補助を目的に臨床応用に普及してきました。

▲国内医療機関における補助循環症例数の分布
心機能が低下し血圧が維持できない循環不全や、人工呼吸器を使用しても改善しない呼吸不全など、生命を守る“最後の砦”として使用されることが多い非常に重要なシステムと言えます。
このようにECMO稼働中は生命維持に直結する循環と呼吸を代行しているため、万が一機器トラブル発生したとしても停止させるわけにはいきません。このためスタッフは常に複数の機械をモニタリングしてトラブルに発展しないよう注意深く観察する必要があります。
【ECMO稼働における機器トラブル内訳】
JaSECT(日本体外循環技術医学会)データによると、機器トラブル発生の内訳は、
- 人工肺異常(酸素化不良)32%
- 回路内血栓 9%
- 遠心ポンプ異常 5%
- その他(カニューレトラブル、回路内空気混入など) 54%
と報告されています。
JaSECTデータによれば、何かしらの対処(主に交換)を行う必要性がある機器トラブルが、ECMO稼働数全体の32%と考えて良いかと思います。
ただし、ECMOの人工肺などは使用していると性能的に必ず劣化します。劣化と言ってもガス交換能の低下、血栓の付着など様々ですが、劣化の頻度も稼働時間、血液の性状、患者の状態に左右されます。特に稼働時間は長くなれば劣化の頻度は高くなり、長期にわたれば交換という作業が必須となります(トラブルという表現にしています)逆に短期であれば劣化することなく終了することもあります(トラブルに含まない)。
JaSECTデータでは、この劣化を人工肺のトラブルという表現で書いていますが、人工肺の特性上、使用していれば避けられないものと言えます。
ECMO機器トラブルのおよそ1/3が人工肺の異常が占めています。人工肺異常と言っても、内部で血栓が形成されたり、ガス交換の効率が落ちたりと程度は様々ですが、著しく性能が悪くなる前に発見、交換をして、スタッフ全員が「患者さんの治療に決して悪影響を出さない」という意識でトラブル防止・解決することが重要です。
技術進歩により様々なセンサー、モニターなどが開発され、これらがECMOシステムに組み込まれることで、連続的に可視化されモニタリング出来るようになり、大きなトラブルに繋がらないように工夫されています。


・血液ガスセンサー、モニター
血液中の酸素値、二酸化炭素値、電解質などをモニタリングすることで、人工肺の状態を把握する

・回路内圧センサー
脱血圧(血液を取り出す圧)、送血圧(血液を送る圧)をモニタリングすることで、適正流量、遠心ポンプの状態を把握する

・流量・気泡センサー
送っている血液の流量表示、回路内に気泡の混入の検知を行う
ECMO導入適応は様々ですが、救急外来にて到着時に心肺機能停止状態、院内急変で循環が保てない状態や重症な大動脈弁狭窄症のTAVI(経カテーテル的大動脈弁置換術)までのサポートなどがあります。これらを救急科、集中治療科、循環器内科や心臓外科などが連携して迅速かつスムーズに導入することで救命率を上げています。
医療機材、材料の進歩や救命率向上によりECMOシステムが普及してきました。しかし当初はこれらのセンサーやモニタリング装置は少なく、“盲目的”や“感覚的“に頼る事も少なくありませんでした。もちろん最終的に人が判断するため感覚も重要な判断材料となります。
しかし、現在はECMOシステムを始め、心臓手術で使用する人工心肺装置などでもこれらは“安全装置”として必須となりました。命に直結するシステムのため、トラブルになる前に原因をいち早く把握できるように努めることが安全に繋がる一歩と考えています。
