執筆:循環器内科 安積 佑太、救急集中治療科(集中治療部門) 近藤 悠生、腎臓内科 高野 敬佑
~悪いのは心臓だけじゃない~
循環器内科 安積 佑太
「心不全パンデミック」という言葉を聞いたことはありますか。
今、日本では心不全患者さんの数が急激に増加しています。これは生活習慣が欧米化し、高齢化が進んだことで心筋梗塞や狭心症といった虚血性心疾患、高血圧症、弁膜症が増加していることが原因と言われています。
今後数十年はこの傾向が続くと予測されており、激増する入院治療が必要な高齢の心不全患者さんを病院で受け止めきれなくなるかもしれません。このような事態を、感染症の爆発的な拡大(パンデミック)になぞらえて「心不全パンデミック」と呼んで警鐘を鳴らすようになりました。
心不全には、強い自覚症状がなく外来でも治療できる「慢性心不全」の状態と、強い症状(安静時の呼吸苦など)を自覚し緊急の治療を要する「急性心不全」の状態があります。また、慢性心不全が急激に悪化すること(慢性心不全急性増悪)もあります。
息苦しさや胸の痛み、動悸、強い倦怠感などで救急搬送される方の多くがこの急性心不全、もしくは慢性心不全急性増悪です。このような患者さんは入院してもらい治療を行うのですが、この治療には細心の注意を要します。特に重症の心不全患者さんには、「24時間を通じた濃密な観察のもとに、先進医療技術を駆使して集中的に治療する」ことが必要で、心不全患者さんの増加とともに「循環器集中治療」にも注目が集まっています。
重症心不全治療というと、心臓ポンプ機能のサポートや心臓そのものの治療に目が行きがちです。ポンプ機能のサポートには機械的補助循環装置(mechanical circulatory support: MCS)という専門的な医療機器を使用し、IMPELLAという新しい機械が使用できるようになったこともあり大きく進歩しつつあります。
参考記事:
心原性ショックにチームで挑む!~補助循環用ポンプカテーテル『IMPELLA』を用いた心原性ショック治療~
https://tokyobay-mc.jp/heartcenter_blog/web01_68/
心臓そのものの治療は冠動脈カテーテル治療や弁膜症治療、不整脈治療、ペースメーカーによる治療などを必要にあわせて組み合わせて行います。こちらもTAVIやMitraClipといった新しい構造的心疾患(structural heart disease: SHD)治療の出現で大きく進歩しています。
参考記事:
TAVI(経カテーテル大動脈弁植え込み術)
https://tokyobay-mc.jp/tavi/
僧帽弁閉鎖不全症(MR)へのカテーテル治療
https://tokyobay-mc.jp/heartcenter/mitral_regurgitation/
ただ、高齢心不全患者さんには併存症も多く、心臓一辺倒の治療では最善の治療とは言えません。現代的な「循環器集中治療」においては、心不全において問題になることの多い呼吸管理や腎臓機能への配慮はもちろんのこと、脳神経系や消化器系といった多くの臓器系への幅広い知識が要求されます。
特に呼吸不全に対する治療は、近年人工呼吸器管理・呼吸生理学の理解が進んだことで進歩しつつあります。
~循環器集中治療における呼吸管理~
救急集中治療科(集中治療部門) 近藤 悠生
呼吸不全に対する呼吸のサポートとしては、酸素マスクで酸素を投与するだけではありません。機械で肺の機能のサポートをする(人工呼吸器)方法として、お口から管を入れてそれを機械に繋ぐ方法や、NIV(Non-Invasive Ventilation)またはNPPV(Non-invasive Positive Pressure Ventilation)と呼ばれる特殊なマスクを用いる方法や、HFNC(High Flow Nasal Canula)という鼻から高流量の酸素を送る特殊な方法など、近年さまざまな選択肢が増えてきました。
更に、人工呼吸器管理では、肺の機能のサポート以外の事も行なっています。一つには、心臓のポンプ機能のサポートと心不全となった心臓を休める事ができます。また、心臓のポンプ機能が落ちて血液を全身に送れない状態(心原性ショック)の時に、治療としても人工呼吸器管理は役立ちます。循環器集中治療においては、患者さん毎の病態生理に基づいて、呼吸サポートの方法を選択しています。
人工呼吸器は様々なサポートをしてくれる一方、肺炎などの合併症も起こし易く、肺そのものも傷つけてしまうため、1日でも早く離脱できないかを吟味していきます。
循環器集中治療における人工呼吸器管理では、これらのメリット・デメリットを見極めながら、繊細な管理を行なっていく必要があります。

~心臓と腎臓のバランスをとって、両方しっかりケアしていきます~
腎臓内科 高野 敬佑
また、集中治療領域において、腎臓も重要な臓器です。通常、腎臓は尿をつくることで老廃物や過剰な水分を排泄し、体内の血液をきれいにします。
腎臓は全身の状態を映し出す鏡のような存在であり、心不全を含めた何らかの悪い出来事が起きた場合、結果として腎臓の機能が悪化してしまいます。心不全の状態では体内に水分や塩分が過剰になっていることが多いため、尿の排泄を促すために利尿薬を使うこともあります。
しかし、腎臓の機能が悪いと利尿薬への反応が不十分となり、本来であれば尿中に排泄されるはずの老廃物が体内に貯留して尿毒症という状態になってしまうことがあります。その場合には腎臓の代わりの治療として血液透析が必要になります。
通常の血液透析は、1回あたり4時間程度の治療を週に3回行う、間欠的な治療です。しかし、集中治療室で血液透析を行う場合には、血圧などが不安定な患者さんも多く、時間をかけて、場合によっては1日かけて持続的な透析が必要となることがあります。急性期を乗り切れば血液透析を離脱できることが多いですが、元々の腎臓の機能が悪く、心不全の重症度が高い場合には、そのまま血液透析が必要になってしまうこともあります。
なお、腎臓の代わりの治療は腎代替療法と呼び、最も有名な血液透析の他に、腹膜透析と腎臓移植があります。それぞれの治療は一長一短ですが、腹膜透析・腎臓移植は、血液透析に比べて準備までに時間を要するので、集中治療の場面での腎代替療法というと、血液透析のことを指す場合がほとんどです。集中治療室を無事退室できても、腎機能の低下が続き血液透析が必要な場合に、改めて他の治療法を検討することはあります。

~理想の循環器集中治療を叶える鍵は、東京ベイならではの集学的チーム医療~
循環器内科 安積 佑太
このように、心臓が悪くなると、肺も腎臓も気にかけ、ケアしながら、治療を進めることが大切です。また、肺や腎臓以外にも、さまざまな臓器の障害や合併症を招く可能性があります(感染症、貧血、腎不全、脳梗塞、認知症、骨折や関節症などによるロコモティブ症候群、甲状腺疾患、閉塞性肺疾患、悪性疾患など)。
当センターハートチームでは、多数の診療科の協力体制のもと、毎日のカンファレンスや回診で診療科をまたいで治療方針を話し合い、循環器内科医、心臓血管外科医、集中治療医だけでなく、多科・多職種での集学的チーム医療を通じてベストな循環器集中治療を提供できるよう尽力しています。