循環器内科 村石 真起夫
心不全は、心臓が自身の役割である血流を全身に送るというポンプ機能が破綻する状態のことを言います。その結果、うっ滞した血流により体の様々な部分に水がたまるため、胸の水がたまれば息切れがし、足に水がたまるとむくみとして自覚します。また、ポンプ機能が破綻し体の血流が保てなくなると、体がだるくなり食欲が低下します(図1)。
心不全は心臓が悪くなった先に行き着く状態のことですので、我々が普段から扱っている様々な心臓の病気(冠動脈疾患、弁膜症、不整脈、心筋症)が悪化した際はどれも最終的に心不全となります。このような事情から高齢化にともない心不全患者は増加しており、日本においても年間に1万人の新規心不全患者がおり、今後ますます心不全患者は増えていくことが予想されます。

図1
慢性心不全の分類には、病期によって分類したstage分類及び心臓の左心室の駆出率(Left Ventricular Ejection Fraction: LVEF)による分類があります(図2)。


図2 文献 1,2を参考に作成
特に、心機能の低下した心不全 (heart failure with reduced ejection fraction: HFrEF)については、内服加療で生命予後だけでなく心不全の悪化や症状の改善を管理できるため、内科医の腕の見せ所です。
心不全(特にHFrEF)に対する内服加療の目的について簡単にご説明します。
心不全患者は、体の中で悪循環が続いている状態となります。ポンプ機能の破綻を代償するためにいくつかの体の反応が(神経やホルモンの反応)見られます。
主に① 交感神経系、② レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系、③ ナトリウム利尿ペプチド系などがそれぞれ活性化します。③については尿を出させる、血管を広げるなど心臓の負担を下げる方向に働く心保護因子ですが、①や②については、ポンプ機能の破綻を代償するため脈拍を上げたり血圧を上げようとする反応であり心臓刺激因子と呼ばれますが、その結果余計に心臓に負担をかけてしまい、さらに心臓刺激因子が促進されるという悪循環に陥ってしまいます。普段はこの心保護因子及び心臓刺激因子がバランスを保っていますが、心臓刺激因子が優位に立ってしまうと、心不全は悪化していきます(図3)。

図3 文献 3を参考に作成
慢性心不全に対する内服加療というのは、主にこのような心臓刺激因子による悪循環を断ち切ることで、心臓を保護することです。長年、①の交感神経系を抑制するβ遮断薬及び②のレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系を抑制するアンジオテンシン変換酵素阻害薬 (angiotensin converting enzyme inhibitor: ACE阻害薬)/アンジオテンシン受容体拮抗薬 (angiotensin Ⅱ receptor blocker: ARB)や抗アルドステロン受容体拮抗薬 (mineralocorticoid receptor antagonist: MRA)などが生命予後や心不全の増悪を抑えるデータを量産し、心不全の内服加療の主体となっていました。
しかしここ数年で新規薬が次々に出てきており、日本の心不全ガイドラインにも内服加療の推奨に変化が出たため、特に現在注目されています(図4)。

図4 文献 1,2を参考に作成
ここではいくつか新規薬についてその効果を示した主要な報告も含め紹介させていただきます(図5)。

図5
<サクビトリル・バルサルタン (angiotensin receptor neprilysin inhibitor: ARNI>
サクビトリルはナトリウム利尿ペプチド系を不活化させるネプリライシンという酵素を阻害する薬であり、バルサルタンはアンジオテンシン受容体拮抗薬です。つまり簡単に言うと、心保護因子を強め、心臓刺激因子を阻害する薬の合剤ということになります。理論上、心臓刺激因子の阻害のみを主体としていた今までの心保護薬であるアンジオテンシン変換酵素阻害薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬のみと比較し、効果が上乗せされそうです。
実際にPARADIGM-HFという試験では、低心機能(LVEF < 35%)の心不全患者に対して、ARNIは従来の心保護薬であるアンジオテンシン変換酵素阻害薬と比較し、心不全の増悪や心血管死、総死亡など有意に減らしています。また、息切れなどの症状も明らかに改善させています。
当院での使用例を見ても、息切れの改善は頻繁に実感します。長期で使用した際に生命予後が改善する、という長期の効果だけではなく、症状の改善という目に見える短期効果も認めることで患者さんの満足度は高いと考えます。
2021年9月から長期処方が可能になっており、今後の低心機能心不全患者の内服加療の主体になると考えられます。
<イバブラジン>
心臓の中にある洞結節という、心拍数を司る部位に働きかけ、純粋に心拍数を減らす薬です。脈拍が早いことは、弱っている心臓にとっては負担になります。特に心不全患者において安静時の心拍数が70bpm以上であることは、生命予後や心不全を悪化させる危険因子であると言われています。
今現在、脈拍に関しては交感神経を抑制するβ遮断薬が使用されており、β遮断薬は低心機能心不全患者の生命予後が改善するという数多くの報告があり、絶対的な信頼の下使用されています。しかし、β遮断薬は、心臓の収縮自体にも抑制的に働くため、患者さんによっては血圧が下がってしまい、十分な量を使用できないことがありました。イバブラジンは脈拍を下げるだけであり、心臓の収縮力を抑制する効果はないため、血圧を下げずに脈拍のみを下げます。そのため、β遮断薬を含む心保護薬が十分に増量できない場合に、補助的にイバブラジンを使用し心拍数を下げることは効果的なのではないかということが予想されます。
そこを検証したのがSHIFT試験であり、低心機能患者 (LVEF ≦ 35%)ですでにβ遮断薬含む従来の心保護薬を内服している患者さんで脈拍が70bpm以上の方を対象にイバブラジンを追加することの効果を検討しています。その結果、プラセボと比較し心不全の増悪による入院を有意に減らした結果になりました。生命予後を有意に改善させるまでは至らなかったこともあり、ARNI/SGLT2阻害薬といった他の新規薬と比べ推奨度は落ちますが、HFrEFに追加する薬として検討される薬です。
特に、心機能が低いため、β遮断薬を内服すると血圧が下がりがちな重症の心不全症例などには処方を考慮する機会が増えるのではないかと考えています。
<SGLT2阻害薬>
SGLT2 (sodium-glucose cotransporter 2)は、腎臓の近位尿細管にあり、尿細管に到達するブドウ糖の9割を再吸収します。 SGLT阻害薬はここを阻害するため、ブドウ糖を尿中に排泄する薬であり、糖尿病薬として開発されました。
糖尿病は動脈硬化のリスクであり、狭心症や心筋梗塞に至る危険因子であると同時に、心不全の管理にも悪影響を及ぼすとされています。そのため、糖尿病患者を対象に行われたEMPA-LEG OUTCOMEという試験では、SGLT2阻害薬を使用した方が心血管関連死亡、総死亡、心不全増悪による入院全てを減らしたという結果になりました。
さらに2019年に発表されたDAPA-HFという試験では、低心機能患者(LVEF ≦ 40%)に対しては糖尿病に関係なくSGLT2阻害薬の使用により心血管関連死亡や心不全入院を減らすことができたとの報告があり、それらの試験を受け、元々糖尿病患者に向けて開発されたSGLT2阻害薬は心不全に対しても保険承認されるようになりました。ブドウ糖を尿中に排泄するというシンプルな機序ですが、ブドウ等と一緒にナトリウムの再吸収も阻害するため、ブドウ糖やナトリウムの排泄が尿量の増加、カロリーの低下という形で現れ、それによる血行動態の関与もあり、糖尿病の有無に関係なく心不全自体にいい影響を及ぼすのだと考えられます。
<べルイシグアト>
HFrEFに対する心不全薬として、ここまでは① 交感神経系に働くβ遮断薬、② レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系に働くアンジオテンシン変換酵素阻害薬 (angiotensin converting enzyme inhibitor: ACE阻害薬)/アンジオテンシン受容体拮抗薬 (angiotensin Ⅱ receptor blocker: ARB)/抗アルドステロン受容体拮抗薬 (mineralocorticoid receptor antagonist: MRA)、③ ナトリウム利尿ペプチド系およびレニン・アンジオテンシン系に同時に働くサクビトリル・バルサルタンなど紹介しました。
最近では上記系統とは異なる、NO-sGC-cGMP経路およびそこに働く薬剤であるベルイシグアトが注目されています。NO(一酸化窒素)は血管内皮細胞から分泌され、可溶性グアニル酸シクラーぜ(Soluble guanylate cyclase: sGC)という受容体と結合することで細胞内伝達物質であるcGMP (Cyclic guanosine monophosphate)を産生します。このcGMPが心臓の機能維持に重要な役割を果たします。心不全患者では、この系統のうち、NOの産生およびsGCのNO感受性が低下することで、cGMP産生が低下してしまい、さらに心不全が悪化するという悪循環に陥ります。
ベルイシグアトは、sGCを活性化させる薬であり、NOへの感受性をあげ、またsGC自体を活性化することで、cGMPの産生を促進する効果があります。それにより心不全の進行を抑制する効果が期待されます。2020年に発表されたVICTORIA試験は、対象患者は低心機能(LVEF<45%)の慢性心不全患者(NYHA Ⅱ〜Ⅳ)であり、心不全の標準治療を受けているにも関わらず心不全の増悪を経験した患者さんが対象であり、他の心保護薬の試験よりさらに重症と思われる慢性心不全患者が対象となっています。この試験では、上記患者のうち、ベルイシグアトを内服した患者群では心血管関連死亡や心不全入院を減らすことができたと報告されています。
ベルイシグアトは2021年9月から日本で発売されるようになりました。まだ日本のガイドラインにも載っていない最新の薬剤ですが、既存の心保護薬と系統が異なるため、特に重症な慢性心不全患者に対して今までの薬に追加することでさらなる心不全進行抑制効果が期待されます。
これらの新規心不全薬の報告を踏まえ、上記のように日本の心不全ガイドラインでの推奨薬剤が数年で大きく変化しました。今まではβ遮断薬に加え、ACE阻害薬、ARB、MRAなどが低心機能心不全の内服加療として使用されていましたが、現在はACE阻害薬、ARBは積極的にARNIに切り替えていき、またSGLT2阻害薬も積極的に使用するようになっています。β遮断薬、ARNI、MRA、SGLT2阻害薬の4つをfantastic fourと呼び(図6)、早期にこれらの内服を適切に導入することで、生命予後を伸ばし、心不全入院を減らすことが期待され、今後の低心機能心不全治療薬の主体となっていくことが予想されます。

図6 文献 8を参考に作成
低心機能のstage C, Dの患者さんの治療目標は、生命予後を伸ばすこと、心不全入院を減らすこと、症状を改善させることです。当院では、低心機能心不全の患者さんを診察する際にこのfantastic fourを常に意識しつつ内服管理を行い、追加介入を要する部分(冠動脈疾患に対するカテーテル治療、弁膜症に対する手術やカテーテル治療、不整脈に対するペースメーカー留置術やカテーテルアブレーション、同期不全に対する両室ペーシング)があれば適切な時期に介入します。
それでも治療に十分反応しない場合は、心臓移植の適応のある患者さんであれば大学病院と、心臓移植の適応ではなく、密な内服調整を要する場合には訪問診療医と連携し一緒に診療を続けます。増加を続ける心不全患者に対して、当院ではハートチームで協議しながら集学的治療を提供し続けていきます。
(参考文献)
- 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン 急性・慢性心不全ガイドライン(2017年改訂版)
- 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン 2021年JCS/JHFSガイドライン フォーカスアップデート版 急性・慢性心不全診療
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