心房細動における左心耳切除または左心耳閉鎖の意味とは
心房細動という不整脈があると、心臓の中に血の塊(血栓)ができやすく、それが血流に乗って脳の血管に詰まることがあります。平穏な生活を奪う「脳梗塞」を引き起こすのです。
心房細動の患者さんの中でも、高齢の方、以前脳梗塞になったことがある方、糖尿病や高血圧症のある方などは、とくに脳梗塞発症のリスクが高いため、抗凝固薬(血をサラサラにする薬)による予防治療を行います。しかし、抗凝固薬は出血などの副作用を引き起こすこともあります。また、出血を伴う病気が見つかったり、外科手術や内視鏡検査などを行う際には、使用を中止する必要があります。抗凝固薬を中止すると脳梗塞の心配に悩まされる、そんな板ばさみに陥ることは日常診療でよくあります。
9割以上の血栓が心臓の左心耳という部分で形成されることが知られており、左心耳を閉鎖あるいは切除することが脳梗塞予防に有効です。米国で行われた臨床試験(PROTECT AF Study)では、心房細動患者において左心耳を閉鎖することが、抗凝固薬よりも脳梗塞予防や生存率でより優れていることを示しました。この試験で使用されたカテーテル用の左心耳閉鎖デバイスは日本では2015年現在導入されていません。また、現時点のカテーテル用デバイスは使い方が複雑で、心臓の壁に孔を開けてしまうこともあります。
心房細動の脳梗塞リスクを下げる内視鏡手術:胸腔鏡下左心耳切除術
胸腔鏡下左心耳切除術は、カテーテルの左心耳閉鎖デバイスよりも短時間かつ少ない合併症リスクと低コストで、同様の脳梗塞リスク低減効果を実現します。全身麻酔下で左胸に4つの小さな孔(5-10 mm)を開けて、内視鏡下でステイプラーという道具を用いて左心耳を切除します。手術時間は約30分で、術後2~3日ほどで退院することができます。起こりうる合併症は出血と横隔神経麻痺ですが、ともに非常に低い確率です。
費用は健康保険と高額療養費制度が適用されます。
ステイプラー(左矢印)による左心耳(右矢印)切除の様子
手術創
左心耳切除前のCT(左)と術後のCT(右)
左心耳(矢印に囲まれた部分)が完全になくなっている
胸腔鏡(内視鏡)下手術は心臓領域では一般的ではなく、特殊技術を要します。当センター心臓血管外科の田端は、2009年より僧帽弁形成術や置換術などさらに複雑な胸腔鏡下心臓手術を200例以上行っており、胸腔鏡下心臓手術のエキスパートです。手術チームのメンバーである麻酔科医や臨床工学技士、看護師も胸腔鏡下心臓手術に精通しています。
心房細動と診断されたら、当センターハートセンターにご相談ください。
当センターでの手術風景
文責:田端 実