肺炎は我が国の死亡原因第3位の疾患です。
肺炎は、細菌やウイルスが肺に侵入することで引き起こされますが、その肺炎の原因菌として最も多いのが肺炎球菌です。
肺炎球菌は肺炎を起こす数々の病原体の中でも、特に毒性の強い菌です。
熱や咳が出て風邪かと思って様子を見ていたら、次の日にはベッドから動けなるほどの重症な肺炎になってしまうことが肺炎球菌による肺炎では珍しくありません。
また、肺炎球菌による重症な肺炎で入院した後に病気が治った後も、身体機能が低下して歩けなくなったり、食事を自力で食べられなくなったりして長期にリハビリが必要となる方も少なくありません。
肺炎はありきたりな病気と思われがちですが、重症化すると死にも繋がる危険な病気です。
まさに、肺炎には予防に勝る治療はありません。
今回、肺炎球菌ワクチンについて、ワクチンのお知らせが来た方に役立つようなるべくわかりやすい記事を書いてみました。
肺炎球菌について〜どんな見た目の菌で、どんな病気を引き起こすのか?〜
肺炎球菌に感染した肺炎の患者さんの黄色い痰を顕微鏡で観察すると、白血球の周りに楕円形で二つがペアになった菌(双球菌)がたくさんみえます。
これが肺炎球菌です。
大きさは1ミリメートルの1000分の1です。
通常、我々の身体の組織に病原菌が侵入しようとすると、白血球がそれを捕まえて食べて殺します。
この働きによって、我々は何事もないように過ごせています。
ところが、肺炎球菌は莢膜(きょうまく)という特殊な膜を周囲に張り巡らせ、それが強力なバリアーの役割を果たしており、白血球に食べられることを回避しているのです。
この莢膜の存在が肺炎球菌をひときわ毒性の強い菌にしています。
肺炎球菌は普段はどこに生息しているのでしょうか。
乳幼児の半数、成人の鼻腔や咽頭の粘膜の10%に肺炎球菌が定着しています。
定着とは悪さはせずに住み込んでいる状態です。
ウイルス感染(インフルエンザが多いです)などをきっかけに気道粘膜が荒れたりすると、肺炎球菌が侵入しやすくなって感染を起こします。
肺炎球菌は肺炎以外にも中耳炎や髄膜炎(菌が脳脊髄液に侵入すること)、菌血症(菌が血液の中に入ること)を起こすことがあります。
肺炎球菌による髄膜炎と菌血症は特に死亡率の高い重症な感染症です。
2歳以下の乳幼児と、65歳以上の方が多く、それ以外での年齢でも腎臓が悪い、肝機能が悪い、免疫抑制剤を使っているなど基礎疾患があり免疫の弱い方に多いのです。
特に脾臓を取った方は重症になります。
65歳以上の方がワクチンの定期対象となるのは、こうした理由によります。
これらの感染症は、以前は小児に多く見られましたが、肺炎球菌ワクチンの普及とともに小児の髄膜炎は、劇的に減少しました。
肺炎球菌ワクチンについて〜どんな種類のワクチンがあるのか?〜
先ほど述べた肺炎球菌は莢膜というバリアーを持っており、90種類以上のタイプ(莢膜型)が知られています。
現在使用されている肺炎球菌に対するワクチン(ニューモバックスNP®︎)は、感染を起こす頻度の多い23種類の莢膜型の純化された成分が含まれています。
ワクチンに細菌そのものは含まれていないため、ワクチンによる感染のリスクはゼロです。
ワクチン投与後に免疫系の細胞が、23種類の莢膜に対する抗体(免疫物質)を作るのです。
一度投与すると5年以上は抗体の働きが高い状態が保たれますが徐々に低下していきます。
★実は、肺炎球菌ワクチンには、2種類あることをご存知でしょうか。
肺炎球菌ワクチン・・・ニューモバックスNP®︎ と プレベナー13®の2種類があります。︎
65歳以上に定期接種の対象となっている肺炎球菌ワクチン(ニューモバックスNP®︎)は、先ほど述べたように感染を起こす頻度の多い23種類の莢膜型の純化された成分が含まれています。
乳幼児を対象とする肺炎球菌ワクチン(プレベナー13®︎)は、13種類の莢膜成分が含まれており、免疫が作られにくい乳幼児であっても免疫を獲得しやすい工夫がなされています。
これまで小児に限定して使用されていたプレベナー13®︎は2014年6月より65歳以上の方にも自費で接種できるようになったのですが、2017年の時点では公費対象にはなっていません。
米国では65歳以上の方にプレベナー13®︎を投与してしばらくした後に、ニューモバックスを投与することが推奨されています。
我が国でも、二つの肺炎球菌ワクチンを接種することでより高い予防効果が期待され、選択肢の一つとして示されています。
肺炎球菌ワクチンの予防効果〜ワクチンを打つと本当に効くの?〜
実際、皆さんが知りたいのは「肺炎球菌ワクチンには予防効果があるのか?」という有用性と、ワクチンの安全性に関してでしょう。
小児に対する肺炎球菌ワクチンの有効性は、すでに確立されたものといえます。
では、65歳以上の方に対するワクチンの効果はどうでしょうか?
肺炎球菌感染による髄膜炎と菌血症に対しての予防効果は、すでに多くの臨床研究が報告されています。
これらのデータを集め、分析した研究報告では、肺炎球菌による髄膜炎と菌血症を合わせた重症な感染症の発症率を、ワクチン未接種の場合と比較して74%減少させたという結果でした。
肺炎球菌ワクチンは、これらの重症感染症に対しては確かな予防効果があると言えます。
一方で肺炎球菌ワクチンが肺炎球菌による肺炎を減らすという研究結果の報告はいくつかありますが、先に述べた髄膜炎と菌血症のような明確な予防効果はまだ示されていません。
しかしながら、日本の高齢者施設における肺炎の発症率・死亡率が低下したという報告もあり、一定の効果が期待されます。
また2014年6月に新たに接種可能となった、プレベナー13®︎の効果についてですが、オランダで行われた臨床試験で、プレベナー13®︎を接種した被験者群では、ワクチンでカバーできている株の肺炎の初回発症が、プラセボを接種した対照群に比べて45.6%減少しました。
このような点からも、ニューモバックスNP®︎ とプレベナー13®︎の両方を接種した方が、肺炎の予防効果が高いと考えられます。
ワクチン接種を特にお勧めする人
慢性呼吸器疾患(COPDなど)、糖尿病、喫煙者、心疾患、腎不全、肝疾患、血液悪性腫瘍をお持ちの方は、肺炎球菌に感染するリスクが特に高いので受けておいたほうが良いでしょう。
脾臓を摘出した方は、感染した場合に重症化しますので必ず受けてください。
肺炎球菌ワクチンの安全性について
先ほど述べたように、肺炎球菌ワクチンは純化した莢膜の成分です。
30年以上前から用いられており、安全性の高いワクチンであることがわかっています。
副反応として、注射を打った部位の痛みや腫れが出ることがあります。
発熱や筋肉痛が出たりすることは稀です。
肺炎の予防について〜ワクチン接種以外にも日常で気をつけるべきこと〜
肺炎球菌ワクチンの通知が来た皆さんにはワクチンを受けることをお勧めします。
先ほど述べたように肺炎の予防には、肺炎球菌ワクチンだけでは十分と言えません。
インフルエンザ感染後に肺炎球菌などによる肺炎を発症することがあるため、インフルエンザワクチンを打つことも忘れてはいけません。
肺炎の予防にはワクチンを打つこと以外にもうがい、手洗い、口腔内の清潔を保つこと、規則的な生活、バランスのとれた食事、適度な運動、禁煙、持病の治療など、健康的な生活習慣を維持することが、何より大切と思われます。
繰り返しになりますが、予防は治療に勝ります。
肺炎球菌ワクチンの定期接種は市町村が主体となって行っています。
通知が来ない市町村もありますし、自己負担の割合も異なります。
ワクチン接種を受けてみようと思うけれど、いつどこで受けたら良いのかわからないという方はお住いの市町村に問い合わせてください。
文責:平岩 卓
写真:平岩撮影
全肺炎に有効:RCT 丸山論文 BMJ 2010;340:c1004
肺炎球菌肺炎を減らす Case Negative test study 鈴木論文 Lancet Infect Dis. 2017 Mar;17(3):313-321
肺炎(CAP)を減らさない Cohort study N Engl J Med 2003;348:1747-55
肺炎(All cause CAP)予防効果ないとされるメタ解析
CMAJ. 2009 Jan 6; 180(1): 48–58.
Cochrane Database Syst Rev. 2013 Jan 31;(1):CD000422. Vaccines for preventing pneumococcal infection in adults
肺炎球菌性肺炎を減らす メタ解析 PLoS One. 2017 May 23;12(5):e0177985
COPD患者ののCAPを減らす コクラン
Cochrane Database Syst Rev. 2017 Jan 24;1:CD001390