1.脂質異常症とは
「コレステロールが高い」
このような状態を、私たちは脂質異常症と呼んでいます。
私たちが検査で確認する血液中の脂質にはLDL(悪玉)コレステロール、HDL(善玉)コレステロール、中性脂肪の3種類があります。
健康な人ではLDLコレステロールが140mg/dL未満、HDLコレステロールが40mg/dL以上、中性脂肪が150mg/dL未満であり、これらの値を外れた場合に脂質異常症となります。
悪玉コレステロールと中性脂肪は高いと良くなく、善玉コレステロールは低いと良くないということですね。
また、LDLとHDLの比(LDL/HDL)を計算した「LH比」という概念が用いられることもあります。
通常、LDLはHDLの2倍以下、つまりLH比は2以下です。
一つの目安として、LDLがHDLの2.5倍以上ある、つまりLH比が2.5以上になると、後に述べる心筋梗塞や脳梗塞などの病気のリスクが上がると言われています。
2.脂質異常症の人はどのくらいいるの?
それでは、脂質異常症の患者さんは、日本にどのくらいいるのでしょうか?
厚生労働省の統計によると、2010年時点で脂質異常症が疑われる成人の割合は、男性が22.3%、女性が17.7%とされています。
およそ5人に1人は脂質異常症ということになりますね。
3.生活習慣病としての脂質異常症
脂質異常症は、一般的には食べ過ぎ・飲み過ぎなどの不健康な食生活、運動不足、肥満など生活習慣の乱れによって生じます。
このような生活習慣の乱れによって生じる病気をまとめて「生活習慣病」と呼んでおり、高血圧、糖尿病なども生活習慣病に含まれます。
一般的に、同じ生活をしていても年齢が上がれば生活習慣病にかかりやすくなり、健康な状態を保つのにはより注意が必要になってきます。
4.脂質異常症の何がいけないの?
さて、それでは脂質異常症の何が問題なのでしょうか?
実は、脂質異常症があってもそれ自体ですぐに本人の体調に変化が現れることはめったにありません。
問題なのは、脂質異常症、高血圧、糖尿病をはじめとした生活習慣病があると、全身の血管の動脈硬化が進み、将来心筋梗塞(心臓の血管が詰まる病気)や、脳梗塞(脳の血管が詰まる病気)などのより大きな病気にかかる可能性が上がってしまうことなのです。
心筋梗塞や脳梗塞は命に関わることもある大きな病気で、将来これらの病気にかからないように予防することが、生活習慣病の治療をする最も大きな理由なのです。
5.脂質異常症の治療は?
ではいよいよ、脂質異常症の治療のお話をしようと思います。
ここまでお読みになった皆さんは、「コレステロールが高ければ、将来心筋梗塞にならないようにするためには薬を飲まないといけないのか・・・」とお思いかもしれません。
確かに薬を飲んだ方が良い場合も多いですが、全員が必ずしも薬を飲まないといけないわけではありません。
以下に、私たちが脂質異常症の患者さんに対し、どのように対応させていただいているかを示したいと思います。
まず、4でも示したように、心筋梗塞、脳梗塞などの病気になる可能性を高めるのは、脂質異常症だけではありません。
高血圧、糖尿病などの病気をはじめ、不健康な食生活、運動不足、肥満、喫煙などの生活習慣の乱れは、すべて将来的に大きな病気となるリスクを高めます。
生活習慣を見直すとともに、高血圧、糖尿病など他の生活習慣病に対しても、治療が必要かどうか検討します。
「コレステロールの薬さえ飲んでいれば安心」ではないのです。
その上で、実際に脂質異常症に対して、薬物による治療が必要かどうかを検討します。
その時に使う考え方が、「この患者さんは将来どの程度心筋梗塞、脳梗塞などの大きい病気になるリスクがあるのか」というものです。
実は、患者さんの年齢、性別、脂質、血圧、喫煙の有無などの指標から、その患者さんが将来心筋梗塞や脳梗塞などの病気になるリスクがどのくらいか、ある程度推測することができます。
そして、一般的に脂質異常症で使われる薬物(スタチンと呼んでいます)には、それらの病気になるリスクを30%程度減らす効果があると言われています。
同じ30%減少の効果でも、将来心筋梗塞になる確率が15%から10%になるのと、3%から2%になるのとでは効果の大きさが違いますよね。
心筋梗塞を5%減らすのであれば薬を飲みたいけれど、1%程度しか減らさないのであれば薬は飲みたくないという方もいらっしゃるかもしれません。
またどんな時でも薬物を使う場合には、メリットだけでなくその副作用や金銭的な問題など、デメリットについても考慮しないといけません。
以上のようなことをふまえて、薬物を使うメリットやデメリットを患者さんに説明した上で、薬物による治療を行うかどうか、一緒に決めていくことが大切と考えています。
6.治療の具体例
それでは、いくつか具体的な患者さんを想定して、治療例を見てみましょう。
一人目は、65歳の男性のAさんです。
Aさんは自営の仕事をしていて、これまで特に病院にもかからず、健康診断も受診していませんでした。
少し肥満気味です。
お酒は時々友人と飲みに行く程度ですが、たばこを1日1箱吸っています。
周囲で大きな病気にかかる人も増えてきたため、これまで受診してこなかった市の健康診断を受診してみることにしました。
そこで以下の結果が出ました。
血圧:162/86mmHg、総コレステロール:254mg/dL、HDLコレステロール:36mg/dL、中性脂肪:165mg/dL、血糖値も高く、糖尿病にもなっているようです。
LDLコレステロールは、総コレステロール、HDLコレステロール、中性脂肪の値から計算することができますが、そうするとAさんのLDLコレステロールは185mg/dLとなります。
悪玉コレステロールが高く、善玉コレステロールが低い状態ですね。
この結果をもとに、Aさんがこのままだと将来心筋梗塞になる確率はどの程度か、計算をしてみます。
計算方法はいくつかありますが、そのうちの一つとして、日本動脈硬化縦断研究(Japan Arteriosclerosis Longitudinal Study:JALS)のデータをもとにしたものがあります。
これによると、Aさんが今後5年間で心筋梗塞を起こす確率は5.0%となります。
この数字を高いと考えるか、低いと考えるかは人それぞれだとは思いますが、一般的に、この程度の数字であれば脂質異常症の治療薬であるスタチンを飲んだ方が良いと言われています。
また、Aさんの場合は同時に高血圧、糖尿病の治療や、禁煙などの生活習慣改善も必要になってきます。
続いて、一般企業に勤める会社員である、56歳男性のBさんをみてみましょう。
Bさんは毎年健康診断を受診していますが、ここ数年は「少しコレステロールが高め」と言われるそうです。
お酒は会社の飲み会に参加する程度、たばこはこれまで一度も吸っていません。
健康診断の結果は以下です。
血圧:132/72mmHg、総コレステロール:224mg/dL、HDLコレステロール:56mg/dL、中性脂肪:130mg/dL、血糖値は問題ありません。
LDLコレステロールは計算上142mg/dLとなります。
つまり悪玉コレステロールは少し高めです。
Aさんの時と同じ方法を使って計算をしてみると、Bさんが今後5年間で心筋梗塞を起こす確率は0.19%となります。
Aさんと比べると随分低い数字ですね。
この場合、LDLコレステロールの値は多少高めですが、Bさんがスタチンを飲む必要性はこの時点では高くありません。
食事や運動習慣に気をつけながら、また次の年以降も健康診断を受診して薬を飲むかどうか考えて行くのが妥当と考えられます。
以上のように、同じ「コレステロールが高め」でも、他の生活習慣病があるかどうかなどによって、将来心筋梗塞、脳梗塞になるリスクは変わってきます。
5にも示したように、そのリスクが大きい患者のみ、脂質異常症の治療薬を飲むというのが原則です。
7.家族性高コレステロール血症について
これまで、生活習慣病として起こる脂質異常症のことを主に見てきました。
最後に、実はタイトルにあるように、やせていて、運動もして、食生活にも気をつけていても、脂質異常症になってしまうことがあります。
その一つが「家族性高コレステロール血症」というものです。
これは遺伝的にLDLコレステロールが高くなってしまう病気のことで、500人に1人程度はこの病気の可能性があると言われています。
両親や兄弟などの家族も若くから高コレステロール血症と言われている場合、家族が若くして(男性55歳、女性60歳が目安)心筋梗塞や脳梗塞などの病気を起こしている場合には、より家族性高コレステロール血症の可能性が上がります。
家族性コレステロール血症の方ではコレステロールがアキレス腱や皮膚に沈着するため、アキレス腱が太くなったり、肘や膝などの皮膚に黄色腫と呼ばれる脂肪の塊ができたりすることがあります。
家族性高コレステロール血症の人は普通の人と比べ特にコレステロールが上昇しやすく、将来の心筋梗塞や脳梗塞を予防するために、より厳密な生活習慣改善や薬物治療が必要となります。
文責:総合内科 松尾 裕一郎