こんにちは!東京ベイ・浦安市川医療センター救急外来部門です。未だ新型コロナウイルス感染症の流行は予断を許さない状況が続いておりますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。今回は、感染症と同じく寒い時期に気を付けないといけない「胸の痛み」についてお話をしたいと思います。「胸の痛み」、いわゆる「胸痛」の原因は多岐にわたり、中には1分1秒を争う命に関わる疾患も隠れています。今回は救急医が普段どのようなことを考えて「胸痛」と向き合っているか、そしてどのような時に病院を受診すべきなのか、お伝えしたいと思います。
①多岐にわたる胸痛の原因
まず「胸痛」の診療を難しくしているのが、その原因の多様さです。「胸痛」は、胸の奥にある臓器(心臓、肺、食道)や胸の表面(皮膚、筋肉、骨)から生じていることもあれば、胸に近い臓器(胆嚢、胃、膵臓)から生じている場合もあります。救急医はこの中でも、診断が遅れると命に関わる代表的な疾患、いわゆる5 killer chest pain(表1. )がないかをまず考えます。これらは、何かが「詰まる」「裂ける」「破れる」ことで起こるため、瞬間的に痛みが生じることが多いという特徴があります。
ただし、急性冠症候群は、心臓に血液を送る血管が詰まった結果、心臓の筋肉に酸素が届かず症状が出てくるため、症状が比較的ゆっくり出現したりもします。この他にも、5 killer chest painの可能性を示唆する様々な特徴を頭に浮かべながら、漏れなく情報を聞き出し、原因を絞り込んでいきます。こうした問診は、さらに検査が必要か、また検査結果をどのように解釈するかに影響を及ぼす不可欠なプロセスです。患者さんに何度もしつこく確認しながらお話を伺う理由はここにあります。
②検査について
問診の結果、命に関わる疾患の可能性が高い場合や可能性が十分に低いとは言えない場合は、さらに検査に進みます。「胸痛」の原因を調べる検査には、心電図や採血、C T検査やカテーテル検査など様々なものがあり、救急医が想定している疾患に応じて選択されます。その際、患者さんへの負担と見逃してはいけない疾患のリスクを天秤にかけながら、検査をご提案していきます。
ただし、心電図については、この限りではなく、詳細な問診の前に実施されることが多いです。日本や欧米のガイドラインでは、胸痛患者が来院した場合、急性冠症候群を見つけるべく10分以内に心電図を実施し、結果を解釈することが推奨されているためです。心電図で明らかな「急性冠症候群」の所見がなくとも、症状の持続時間や採血検査から心臓に血液を送る血管の閉塞を疑う場合には速やかな治療が必要になります。
東京ベイでは、ERと循環器内科の密な連携により、心臓の詰まった血管を迅速に開通(心臓カテーテル治療)するよう、来院から治療までを迅速に進めます。

③病院受診・救急要請のタイミング
では一体、どのような症状を自覚された時に、病院の受診をすれば良いのでしょうか。これについては、医療従事者ではない一般の方々に注意してほしいことがあります。それは、「新しく起こった」「症状が強い」「長く続く」胸痛は、すぐに救急車を要請することが重要だということです。このような症状を呈する急性冠症候群では分単位で急ぐことが早期の治療開始に重要で、症状を自覚されたその瞬間が治療へのスタートラインと言っても過言ではありません。
また、先に述べた5 killer chest painの1つである急性大動脈解離では、「突然起こった」「これまでに経験したことがない」「背中や胸の裂けるようなひどい痛み」で「痛みが移動する」のが典型的とされています。その他にも冷や汗をかいていたり、呼吸困難症状を伴っていたりする場合も危険な状態を示唆します。そのため、このような症状を自覚した際にはすぐに病院受診をする必要があります。
ただし、胸痛が重篤な場合には、ご自身あるいはご家族の運転で来院するのではなく、すぐに119番通報をすることを忘れてはいけません。救急車を要請するメリットは2つあり、1つは、病院到着前に救急隊による評価によって、適切な治療が受けられる病院へより早く到着できることがあります。また2つ目のメリットとしては、急性冠症候群や急性大動脈解離など致死的な疾患では、病院に到着する前に心停止が起こりうる可能性もあり、万が一の場合に救急隊がその場で適切な対応ができるためです。
ここまで怖い話が続きましたが、実際の「胸痛」の多くは精査を必要とするものの、命に関わらないケースが多数を占め、診断の遅れにより命に関わる疾患が隠れているケースは多くありません。ただ、救急医はその一部のケースであっても致死的な疾患の見逃しを避けるべく日々努力を重ねています。それは、医療は不確実性が高く100%確実な診断をすることは困難という現実があるためです。
この現実を踏まえ、より患者さんやご家族に安心いただけるよう、可能性が十分に低いと判断し帰宅いただく場合でも、当センターが独自に作成した帰宅指示書(どのような症状があればすぐに再診いただく必要があるか、状況に応じた対応法や注意事項)を医師から患者さんにお渡し、丁寧にご説明させていただきます。
今回は、「胸痛」という症状をテーマに救急部門の医師がどのようなことを考えて診療に当たっているか、そしてどのような時に病院受診・救急要請をした方が良いかお伝えしました。しかし、紙面の都合上、お伝えできた内容はほんの一部にすぎません。当センター救急部門は24時間365日対応しておりますので、もしあなたの大切な人が新たに「胸痛」を訴えられた場合、ご不安な時はいつでもお気軽にご相談ください。
参考文献:
UpToDate:Patient education: Chest pain (Beyond the Basics) (Topic 3423 Version 18.0 2020/1/15閲覧)
急性冠症候群ガイドライン(2018 年改訂版)
(https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2018_kimura.pdf)
J Am Coll Cardiol, 64 : e139‒e228, 2014
Lancet, 385 : 1114-1122, 2015
(表1. )“5 Killer Chest Pain”
1. 急性冠症候群(心筋梗塞など)
2. 肺血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)
3. 急性大動脈解離
4. 食道破裂
5. 緊張性気胸