通常は胸の中央を縦の創をおき、胸骨を真ん中で切って、心臓にアプローチします(図1:胸骨正中切開)。当センターでは、胸骨をまったく切らない右小開胸アプローチや胸骨を半分だけ切る胸骨部分切開アプローチを行っています(図2)。詳細はMICS(ミックス)の紹介ページをごらんください。MICSアプローチは患者さんの病状や体型などで向き不向きがありますので、十分に検査をしたうえでアプローチを選択します。どのアプローチを用いても、大動脈弁の手術は人工心肺を使用して心臓を止めて行います。

(ア)手術の特徴大動脈弁置換術とは、傷んだ大動脈弁を人工弁に置き換える手術で、弁の狭窄や逆流を確実になくすことができます。定型的な心臓手術のひとつですが、弁が非常に小さい場合や大動脈の石灰化が激しい場合は高度な技術を必要とし、外科医には十分な経験が求められます。また、最近はこの手術の対象となる高齢者が増えています。当センターでは、高齢の方にも安全に手術を受けていただくよう、手術前から様々な専門家が集まり、十分なリスク評価のうえ手術に備えます。手術後のリハビリ体制も大変充実しています。(イ)人工弁について人工弁には機械弁と生体弁の2種類があり、それぞれ利点と欠点があります。どちらを選択するかは、それぞれの患者さんの年齢や病状、ライフスタイルなどを考慮して、医師と患者さんがよく話し合って決定します。大動脈弁用人工弁のサイズは直径16㎜から29㎜まであり(生体弁は19mmから)、患者さんの弁の大きさや体格によって選びます。人工弁が小さすぎると、手術の後も心臓への負担が残るため、十分な大きさのものを選択することが重要です。
機械弁(図3)はカーボン製の2枚のディスクが開閉するしくみです。利点は耐久性に優れていることです。血栓(血が固まったもの)やばい菌がついたりしなければ、一生壊れずに使えます。欠点はカーボンの部分に血栓がつくことがあり、ワーファリンという血をサラサラにする薬を一生飲み続けなくてはならないことです。弁に血栓がつくと開閉できなくなったり、血栓が飛んで脳梗塞をおこすこともあります。ワーファリンは定期的に効き目を採血でチェックしながら、毎日欠かさず飲まなくてはいけません。ワーファリンはビタミンKを抑える薬ですので、ビタミンKを多く含む食材を摂るとワーファリンの効き目が落ちることがあります。逆にワーファリンが効きすぎると出血する危険が高まります。 生体弁(図4)はウシやブタなど動物の組織で作られています。生体弁は血栓がつきにくいので、ワーファリンは手術後3ヶ月で中止できます。また、人間の弁の形に似ていて血液の流れが生理的である、開閉の音がしないなどの利点があります。ただし、耐久性は機械弁より劣ります。年月がたつと弁が徐々に変性し、かたくなってくるため、再手術が必要となることもあります。大動脈弁の生体弁は、僧帽弁の生体弁よりも耐久性が高く、弁の寿命は15~20年となっています。場合によってはもっと短いこともあります。一般的には、若い方の場合は弁の変性が早く、65歳以上の方では弁の変性が遅いといわれています。
また、傷んだ生体弁の中にカテーテルで新しい生体弁を植え込むValve-in-valve法は、海外ですでに行われており、日本でも2017年末頃に認可される見込みです。Valve-in-valve法は、その長期的な成績も明らかでなく、小さな生体弁の中にカテーテル弁を植え込むと予後が良くないことが知られており万能ではありませんが、今後生体弁の普及がさらに進む要因になると思われます。
将来的には、耐久性も抗血栓性(血の固まりがつきにくいこと)を兼ね備えた人工弁が登場する可能性は十分ありますが、現時点では機械弁と生体弁の利点・欠点をよく理解してどちらかを選択しなくてはいけません。それぞれの患者さんがベストな選択をできるよう、我々は十分に説明し、患者さん・ご家族といっしょにじっくり考えます。

(ウ)大動脈弁置換術の方法
心臓を止めたのち、大動脈を切開して、大動脈弁が見えるようにします。傷んだ大動脈弁を切り取り、さらに弁の付け根である弁輪が石灰化している場合は、手術用のペンチや超音波メスを使って石灰を削り取ります。削りかすが脳などに飛んで行かないように十分に吸引や洗浄をします。弁輪が小さく、体格に見合ったサイズの人工弁が入らない場合は、弁輪を拡大する手技を行います。続いて、人工弁の形を模したサイザーで弁のサイズを測り、適切なサイズの人工弁を針と糸で弁輪に植え込みます。植え込んだ後は、弁が正常に開閉するかを確認します。その後心臓を再び動かして、心臓エコーにて人工弁の開閉を再び確認し、また人工弁の脇漏れがないかを確認します。
(ア)手術の特徴大動脈弁形成術は大動脈弁閉鎖不全症(逆流症)に対して行われる術式です。長期的な成績(逆流再発の頻度など)が十分明らかになっていませんが、術前や術中に弁の計測技術や手術技術が向上し、以前よりも成功率が高くなっています。しかし、弁の傷みが激しい場合は依然成功率が高くないのが現状です。したがって、術前に十分検査をして、さらに術中によく弁を観察して、慎重に適応を決めることが重要です。
弁そのものは正常あるいは最小限の傷みであっても、大動脈が拡大することで弁の逆流が生じることがあります。そのような場合は、人工弁置換ではなく、自分の弁を温存して、大動脈を人工血管に置き換えることで、逆流を止めることができます。当センターでは、大動脈弁置換術と弁形成術の利点・欠点を十分に説明して、最適な手術方法を患者さんと選んでいます。
(イ)大動脈弁形成術の方法
心臓を止めたのち、大動脈を切開して、大動脈弁が見えるようにします。修復の方法は逆流の原因によって異なります。弁のフタ(弁尖)がたるんでいる場合は、たるんでいる弁尖を一部縫い合わせてたるみを取り、ほかの弁尖と高さを合わせます。弁に孔が開いている場合は、自分の心膜(心臓を覆っている膜)を一部切り取って、心膜で孔をふさぎます。弁の付け根である弁輪が拡大している場合は、リングをつけて弁輪を小さくすることもあります。弁の修復が終わったら、心臓を動かした状態で心臓エコーを使って仕上がりを評価します。もし逆流が残っている場合は、その場で修復しなおすか人工弁置換に切り替えます。
当センターでは、通常の三尖弁(3つフタがある標準タイプ)だけでなく、二尖弁や一尖弁(生まれつきフタが2枚または1枚しかないタイプ)に対しても大動脈弁形成術を行っています。